要点
- 室温で強磁性と強誘電性を併せ持つマルチフェロイックスの設計指針確立
- 鉄系酸化物強誘電体設計の新機軸を提示
- 適切な元素置換で絶縁性を向上させる方法を開発
概要
東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所の伊藤満教授と片山司研究員、安井伸太郎助教らは、東北大学 金属材料研究所の木口賢紀准教授らと共同で、新しい物質群κアルミナ型酸化物[用語1]に属する「ガリウム鉄酸化物(GaFeO3)」を元素置換し、室温での強誘電性[用語2]を得ることに成功した。同時に、室温で大きな磁化を有することも分かった。
イオンの大きさ、化学結合、結晶化学的位置と安定性に着目して発見した。現在、世界中で室温動作のマルチフェロイックス[用語3]の開発競争が繰り広げられている。今後、今回と類似の構造を有する新物質の探索に拍車がかかると期待される。
また、この物質群における室温での強誘電性を確認したことは、同型構造を有するアルミニウムや鉄酸化物における強誘電性の開発が加速され、新しいメカニズムで発現する強誘電体の開発に繋がる可能性がある。
研究成果は材料の国際誌「Advanced Functional Materials(アドバンスト・ファンクショナル・マテリアルズ)」と「Journal of Materials Chemistry C(ジャーナル・マテリアルズ・ケミストリー C)」の電子版にそれぞれ11月16日および11月27日に掲載された。
研究成果
酸化物の主要な構造であるスピネル型とコランダム型[用語4]は酸化物イオンの最密充填構造から成り立っており、その積層順序は異なっている。κアルミナ型構造はスピネル型構造とコランダム型構造が交互に積み重なった折衷構造と考えることができる。このκアルミナ型構造の安定性に着目し、まず、この構造がどのようなイオンの組み合わせで出現するかを調べた(図1)。
- 図1.
- AFeO3で出現する相。一番下は安定相。中間と上は準安定相であり、超高圧合成を含む。赤で記したのは強誘電相であり、4種類が認識される。
図1の一番下の列が安定相であり、通常の高温での化学反応で取り出せる物質。横軸はA3+イオンの半径を示しており、右の方では磁性体で有名なオルソフェライトと呼ばれるペロブスカイト型構造が安定である。これよりも左側では安定相としてGAFeO3(κアルミナ型構造:κ)とFe2O3(コランダム型構造:Cor.)しか存在しない。しかし、上の列に示すように、準安定相まで含めると、数多くの相が出現し、実際に取り出して構造や性質を調べることができる。準安定相の多くは高圧法や溶液法で取り出すことができる。
図1中、赤で記した化合物は強誘電体であり、κアルミナ型構造、YMnO3(YMO)型構造、LiNbO3(LN)型をもつ化合物、およびペロブスカイト型構造(Pv)をもつBiFeO3の4つである。伊藤教授らは試料作製法として、単結晶膜を取り出すことができ、構造も調べやすい薄膜法を用いた。この構造の存在領域はA=アルミニウム(Al)、ガリウム(Ga)、鉄(Fe)だが部分的に置換できる元素で最大の大きさをもつのはインジウム(In)である。まず、安定相であるGAFeO3を出発点に実験を開始した。
κアルミナ型構造では強誘電性の起源である電気分極はおもにスピネル構造面に存在する四面体に起因する。唯一の安定相である複酸化物GAFeO3を出発物質とし、GaとFeの比率を変化させることでフェリ磁性[用語5]になる温度を230℃から室温以下に変化させ、同時に絶縁性の変化と強誘電性を調べることで、室温で強誘電性を示しかつフェリ磁性を示す組成を見出した。
κアルミナ型結晶構造では独立な陽イオン位置は4つあり(図2(a))、これらの4つの位置のどこにイオンが入るかで磁性は変化する。また同時に電気の流れやすさも変化する。図2(b)(c)は作製した薄膜の断面STEM(走査透過電子顕微鏡)像である。10 nmサイズのドメインが形成しており、各ドメインの中で原子配列は図2(a)の結晶構造モデルと一致することがわかる。
- 図2.
- κアルミナ型構造(a)と同構造を持つGa0.8Fe1.2O3の走査型電子顕微鏡像(b、c)。(c)での明るい点が陽イオンを示し、(a)に示す結晶構造に一致している事が分かる。
図3はピエゾレスポンスフォース顕微鏡(PFM)[用語6]と強誘電測定装置を用いて測定した各種組成を持つ試料の電気応答を示している。これらの結果は、GAFeO3系の各種組成の試料が強誘電体であることを示している。
- 図3.
- GaxFe2-xO3薄膜の強誘電性。(a)はピエゾフォース応答顕微鏡の信号。(b)(c)はそれぞれ分極反転に必要な電界の膜厚と組成依存性。(d)は分極P(実線)と反転電流(I)の電場依存性。 (e)(f)はPUNDと呼ばれる測定による電気信号。いずれのデータも強誘電性を確認できる。
- 図4.
- GaxFe2-xO3薄膜の磁化測定の結果。(a)~(d)は室温における面内と面直方向の磁化。(e)は磁化の温度依存性、(f)は5 Kにおけるx=0.8と1.0の試料の面内磁化を示す。
図4は各組成の磁化を比較したもの。Ga量増加とともにフェリ磁性転移点が低下し、磁気的性質も変化することがわかる。なお、X線磁気円二色性(XMCD)[用語7]とX線吸収分光法(XAS)[用語8]の測定から、試料中で鉄は3価の状態をとりかつ図1(a)4つの位置のうち特定の位置を占有することを確かめた。
今回の研究がκアルミナ型構造をもつ酸化物の磁性体、強誘電体としての応用の可能性を指摘するとともに、図1に示した組成が異なる化合物も室温で強誘電性を示す化合物としては有力であり、伊藤教授らは既にガリウムを含まない2元化合物κアルミナ型酸化第二鉄(εFe2O3)でフェリ磁性と強誘電性を室温で確認している。
また、アルミニウム、鉄、酸素のみからなるκアルミナ型構造でも強誘電性を確認していることから、元素戦略上、κアルミナ型構造は強誘電体あるいはマルチフェロイックとして基礎的にも応用的観点からも重要である。さらに、特定の位置の元素を狙い、置換することにより絶縁性を向上させ、室温において大きな磁化を有したまま強誘電性を示す元素置換の方法も確立したため、今後、基礎研究ならびに実用化研究で多くの研究者が参入すると考えられる。
背景
75年前に発見されたチタン酸バリウム強誘電体はその後、同一構造であるペロブスカイト型酸化物のうちチタン酸鉛、チタン酸ジルコニウム、あるいは鉄酸ビスマスを中心にキャパシタあるいは圧電体として応用されており、新規物質は見つかりにくい状況にあった。物質が限られているため、基礎研究の幅も狭く、強誘電性の起源が何であるかもわからない状況が続いた。
伊藤教授らの研究グループは、量子常誘電体(La,Na)TiO3(1992年発表)およびその関連物質、量子常誘電体SrTiO3の酸素同位体置換による強誘電化(1999年発表)、ニオブ酸銀における強誘電性(2007年発表)、リラクサー強誘電体の強誘電性発現機構(2009年発表)、非ペロブスカイト型4配位シリケート化合物Bi2SiO4の強誘電性とメカニズム(2013年発表)、強誘電量子臨界性(2014年発表)など、強誘電体分野におけるマイルストーン的研究結果を発表してきた。
今回は、非ペロブスカイト型酸化物強誘電体探索・非6配位系強誘電性酸化物探索を旗印に、多くの化合物の強誘電性に着目して研究を進めた結果、既往の強誘電体とは異なるκアルミナ型構造の強誘電性発現メカニズムに焦点を絞り、まず、室温で強誘電性を示す新物質にターゲットを絞って合成を進めた結果、今回の結果に至った。
今後の展開
将来の研究は図2に示したナノドメインの示す特性の解明、単ドメイン化したκアルミナ型構造薄膜の物性、特に強誘電性に興味が集まっている。「驚異のチタバリ」と揶揄(やゆ)されるほど強誘電体研究は実用上および基礎研究上、「既知化合物」であるペロブスカイト型酸化物に集中している。物質科学の発展にはその分野での新物質の発見が不可欠であり、異分野の研究者の参入によるインパクトのある新物質発見なくして分野の興隆はあり得ない。
今回の研究は最初から計算科学分野の共同研究者を巻き込み、議論の結果、計算結果を再現するために物質合成をおこなうという通常とは逆の過程で研究が進行している。新規強誘電体開発のみならず物質研究の新しい潮流を作り出す重要な研究結果であると考えられる。
今回の研究成果は以下の事業・研究開発課題によって得られた。
- 文部科学省 元素戦略プロジェクト<研究拠点形成型>電子材料領域
- 日本学術振興会 科学研究費補助金
また、本研究の一部は、文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム事業(東北大学微細構造解析プラットフォーム)の支援を受けて実施された。
用語説明
[用語1] κアルミナ型酸化物 : スピネル型構造とコランダム型構造が交互に積層した酸化物の構造。
[用語2] 強誘電体 : 結晶を構成する正負のイオンが相対変位を起こして中心対称性を失っているため自発誘電分極が発生している極性物質の総称。圧電効果も示す。結晶学的には、32点群のうち、極性を有するのは10個である。通常の強誘電体では、自発分極が外部電場により反転可能であり、分極-電場の関係でヒステリシスカーブを示す物質が多い。物理的には、極性物質=強誘電体であり、外部電場による分極反転の有無の確認は実験的に制限されることが多い。
[用語3] マルチフェロイックス : 外場のない場合でも、自発的に強磁性、フェリ磁性(自発磁化を有する)、反強誘電性、強誘電性(自発分極を有する)、強弾性(自発歪みを有する)などの性質を1つ有する物質をフェロイック物質と呼び。マルチフェロイック物質は、これらの性質を複数持ち合わせた物質の総称である。
[用語4] スピネル型とコランダム型 : 天然鉱物のMgAl2O4はスピネルと呼ばれ、スピネル型酸化物では最密充填構造を持つ酸素面がABCABC……の順番に配列し、酸化物イオンで形成される4面体と8面体位置を陽イオンが規則的に占有する。磁性材料である磁鉄鉱(Fe3O4)やマグヘマイト(γFe2O3)はこの構造をもつ。一方、コランダム構造を有する酸化物では、最密充填構造を持つ酸素面がABAB……の順番に配列し、酸素で形成される8面体位置を3価イオンが占有する。鋼玉(Al2O3)はこの構造をとり、少量の不純物イオンが固溶して赤やそれ以外の色に発色したものはルビーあるいはサファイアと呼ばれる。
[用語5] フェリ磁性 : 結晶中の2組の格子上にある磁性イオンの磁気モーメントが互いに反対方向を向き、それらの磁気モーメントの数や大きさが異なるため自発磁化をもつ性質。
[用語6] ピエゾレスポンスフォース顕微鏡 : 強誘電体に圧力を加えると電荷を生じる。また、強誘電体に電圧をかけるとその分極状態に応じて伸び縮み(歪み)を生じる。試料と探針間へ印加する交流電圧に対して、サンプル歪みの伸縮の関係が同相になっているか、逆相になっているかで、試料の分極状態を測定できる。
[用語7] X線磁気円二色性 : 磁性体にX線を照射したとき、その吸収強度が磁化に対する左と右円偏光により異なる性質をX線磁気円二色性という。本法は物質中の原子の磁気状態を知る測定法である。
[用語8] X線吸収分光法 : 線吸収スペクトルは原理や解析法、得られる情報の違いによって広域X線吸収微細構造、X線吸収端近傍構造の2つに分けられる。広域X線吸収微細構造領域からは着目した原子まわりの局所構造(配位数・原子間距離・温度因子)に関する情報、X線吸収端近傍構造領域は着目原子周りの化学状態(原子価・電子状態)に関する情報を得ることができる。
論文情報
掲載誌 : |
Advanced Functional Materials、2017年 |
論文タイトル : |
Ferroelectric and Magnetic Properties in Room-temperature Multiferroic GaxFe2-xO3 Epitaxial Thin Films |
著者 : |
Tsukasa Katayama, Shintaro Yasui, Yosuke Hamasaki, Takahisa Shiraishi, Akihiro Akama, Takenori Kiguchi, Mitsuru Itoh |
DOI : |
掲載誌 : |
Journal of Materials Chemistry C、2017年 |
論文タイトル : |
Chemical Tuning of Room-temperature Ferrimagnetism and Ferroelectricity in ε-Fe2O3-type Multiferroic Oxide Thin Films |
著者 : |
Tsukasa Katayama, Shintaro Yasui, Yosuke Hamasaki, Takuya Osakabe, Mitsuru Itoh |
DOI : |
- プレスリリース 新しいメカニズムで発現する強誘電体を開発 ―磁性も備え、室温動作マルチフェロイックス新展開へ―
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- 伊藤・谷山研究室
- 研究者詳細情報(STAR Search) - 伊藤 満 Mitsuru Itoh
- 研究者詳細情報(STAR Search) - 安井 伸太郎 Shintaro Yasui
- 東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所
- 東京工業大学 科学技術創成研究院 (IIR)
- 物質理工学院 材料系
- 研究成果一覧
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