概要
東京工業大学理学院化学系(理工学研究科物質科学専攻)の八島正知教授、藤井孝太郎助教らの研究グループは、新しい構造ファミリーに属する酸化物イオン伝導体[用語1]であるネオジム・バリウム・インジウム酸化物「NdBaInO4」[用語2]を発見した。イオン半径[用語3]に注目した構造設計により新構造を導いている。さらにネオジムの一部をストロンチウムに置換することでイオン伝導度を基本物質の約20倍向上させることにも成功している。酸化物イオン伝導体は固体酸化物形燃料電池[用語4]や酸素濃縮器などに使われており、新材料発見はこれら機器の高効率化や新規酸化物イオン伝導体、電子材料の開発を促すと期待される。
研究成果
同研究グループは、過去に報告されている無機物質の結晶構造から計算したイオン伝導経路と、これまでに報告されている酸化物イオン伝導体の結晶構造の詳細な検証により、新しい構造ファミリーに属する酸化物イオン伝導体(NdBaInO4)を発見することに成功した。NdBaInO4は、これまでに知られていないまったく新しい構造をもつ材料で、その構造は、既知の物質とは異なる特徴を持っており、新しい材料として酸化物イオン伝導体だけではなく、幅広い応用の可能性が期待される(図1)。
- 図1.
- NdBaInO4の結晶構造。緑の球はBa(バリウム)、黄土色の球は(ネオジム)を表す。赤色の球を頂点にもつ紫色の八面体は、In(インジウム)に6つの酸素が配位したInO6八面体をあらわす。この構造は、Ndが並ぶA-Oユニットと、BaとInO6が並ぶA'BO3ユニットが交互に積層した構造をもっている。InO6八面体の稜(りょう)がA-Oユニットに接する構造の特徴は、これまでにない新しい特徴である。
酸化物イオンとして有望なA A' BO4の組成をもつ物質(ここでA, A', Bはそれぞれ金属の陽イオン)は、AとA' が同程度の大きさをもつ材料が多い。そこで新しい構造型を導くために、AとA' の大きさに大きな違いがでるNd(ネオジム)とBa(バリウム)を選択し、伝導体の構造型としてよく知られているペロブスカイト型構造[用語5]を組み込むために、Baとペロブスカイト型構造の形成が期待されるIn(インジウム)をBに選ぶことで、新しい構造型の物質を作ることに成功した。
得られた物質の結晶構造は、X線回折データの未知構造解析をもとに解明した。構造は、Ndが並ぶA-Oユニットと、BaとInO6八面体が交互に並ぶA'BO3ユニットが交互に積層する構造をもっており、特にInO6八面体の稜(りょう)がA-Oユニットと接する構造は、金属酸化物の新しい特徴となっており、ユニークな性質につながる可能性が高い。
また、Ndの一部をSr(ストロンチウム)に置換した物質(Nd0.9Sr0.1BaInO3.95)を合成し、基本物質であるNdBaInO4より約20倍高いイオン伝導度を示すことも見出した。さらなる元素置換で、より高いイオン伝導度を示す材料の開発につながる可能性がある。
研究の背景
エネルギー・環境問題を解決するためには、高効率、低コストで安全性の高い次世代のエネルギー源を開発する必要がある。特に固体酸化物形燃料電池は、その中核を担うと期待されているが、その開発には、より高い伝導度をもつ酸化物イオン伝導体を開発する必要がある。
イオン伝導度は、その材料を構成する結晶構造と密接な関係がある。従来のイオン伝導体の開発は、既存のイオン伝導体の組成を改良することで進められてきた。しかし、より革新的なイオン伝導体を開発するためには、まったく新しい構造ファミリーに属する材料の開発が必要不可欠で、そのためにはこれまで経験や勘、偶然によって発見されることが多かった方式ではなく、新しい構造ファミリーに属するイオン伝導体をデザインするという新しいコンセプトが望まれていた。
今後の展開
原子スケールの構造設計により、新しい構造ファミリーに属する酸化物イオン伝導体を発見できたことは、今後の革新的な燃料電池の発展に大きな寄与をもたらすと期待される。そのコンセプトは、今後のセラミック材料の新しい設計指針となることも期待される。
用語説明
[用語1] 酸化物イオン伝導体 : 外部電場を印加(電圧をかけること)したとき酸化物 イオンが伝導できる材料。酸化物イオン伝導性材料は(1)純酸化物イオン伝導体および(2)酸化物イオン-電子混合伝導体に分類できる。
[用語2] NdBaInO4 : Nd、Ba および In 陽イオンと酸化物イオンから成る酸化物。
[用語3] イオン半径 : 金属酸化物は、陽イオンと陰イオンが規則配列した構造をとる。各イオンは球状の大きさをもっており、その半径をイオン半径という。
[用語4] 固体酸化物形燃料電池 : 電解質に固体酸化物を用いた燃料電池。電池の作動温度が 400~1000℃と高いため、固体高分子形燃料電池(PEFC)と比べて高い発電効率が期待される。
[用語5] ペロブスカイト型構造 : ペロブスカイト型構造は、一般式ABO3で表され、Aは比較的大きい陽イオン、Bは比較的小さい陽イオンからなる。多彩な物性を示すことから、幅広い応用が期待される構造型で、類似した構造モチーフを含んだ物質も酸化物イオン伝導体材料への応用が期待されている。
論文情報
掲載誌 : |
Chemistry of Materials, 26, 2488 (2014). |
論文タイトル : |
New Perovskite-Related Structure Family of Oxide-Ion Conducting Materials NdBaInO4 |
著者 : |
Kotaro Fujii, Yuichi Esaki, Kazuki Omoto, Masatomo Yashima, Akinori Hoshikawa, Toru Ishigaki, James R. Hester |
DOI : |
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所属 : |
Department of Chemistry, School of Science, Tokyo Institute of Technology; Frontier Research Center for Applied Atomic Sciences, Ibaraki University; The Bragg Institute, Australian Nuclear Science and Technology Organisation |
掲載誌 : |
Journal of Materials Chemistry, A 3, 11985 (2015). |
論文タイトル : |
Improved oxide-ion conductivity of NdBaInO4 by Sr doping |
著者 : |
Kotaro Fujii, Masahiro Shiraiwa, Yuichi Esaki, Masatomo Yashima, Su Jae Kim, Seongsu Lee |
DOI : |
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所属 : |
Department of Chemistry, School of Science, Tokyo Institute of Technology; Neutron Science Division, Research Reactor Utilization Department, Korea Atomic Energy Research Institute |
問い合わせ先
理学院化学系
教授 八島正知
Email : yashima@cms.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2225