要点
- 地域支援型農業(CSA)に参加する消費者の意思決定に影響する要因を包括的に明らかにし、モデル化した。
- CSAに関する505本の論文のうち消費者の参加に関連する61本を分析した。
- 各地域の特性や文化的背景を基にこのモデルを応用することで、持続可能な食料供給システムへの移行の促進が期待できる。
概要
東京工業大学 環境・社会理工学院 融合理工学系の髙木聡太大学院生、大橋匠准教授らと株式会社Eco-Porkの共同研究チームは、地域支援型農業(Community-supported agriculture: CSA)[用語1]に参加する消費者の意思決定を包括的にモデル化した。
近年、食品市場の工業化とグローバル化に伴う環境問題への対応として、持続可能な食料供給システムへの移行が求められている。中でも、ショートフードサプライチェーン(Short food supply chain: SFSCs)[用語2]に注目が集まっており、その実践および普及のメカニズムの解明が求められている。SFSCsのうちCSAは、消費者が生産者に事前に定額を支払うことで農作物を受け取るサブスクリプション契約型のシステムであり、新しい食料供給システムとして注目されている。しかし、消費者がCSAに参加する際の意思決定に影響を与える要因の全体像や相互関係は、明らかではなかった。
本研究では、505本のCSAに関する論文のうち、消費者の参加に関連する61本の論文を対象にスコーピングレビュー[用語3]を実施した後、KJ法[用語4]を用いてCSA参加の意思決定に影響を与える306個の要因を抽出し、関係性のモデル化を行った。その結果、消費者はCSA参加により期待される利益と損失のバランスに基づいて、意思決定を行うことや、家族や地域といった、消費者の周囲の環境が意思決定に影響を与えていることが明らかになった。このことから、個人だけでなく家族や仲間のライフスタイルや価値観に基づく、意思決定プロセスを考慮することの重要性が示唆された。
本研究成果は科学誌「Agricultural and Food Economics」に7月9日にオンライン掲載された。
背景
食品市場の工業化とグローバル化に伴う環境問題への対応として、従来型の食料供給システムから、持続可能な食料供給システムへの移行が求められている。その中で、ショートフードサプライチェーン(Short food supply chain: SFSCs)に注目が集まっている。SFSCsは食品の流通距離が短いため、輸送に伴う二酸化炭素排出量が大幅に削減されるとともに、地元の生産者から直接購入することで地域経済の活性化につながるなど、持続可能な食料供給システムの実現に貢献できると考えられている。多様なSFSCsの形態がある中で、地域支援型農業(Community-supported agriculture: CSA)が特に注目されている。CSAは、生産者と消費者が一定期間契約を結び、消費者が生産者に事前に定額を支払うことで農作物を受け取るサブスクリプション型のシステムである(図1)。このシステムにより、生産者は生産量によらず安定した収入を確保し、新たな農業技術の導入と向上のための先行資金を得ることができ、持続可能な農業を進めることができる。また、消費者は地元で生産された新鮮な食材を手に入れるだけでなく、農業体験や農場でのボランティア活動を通じて、生産者や他の参加者と直接交流する機会や、学びの機会を得ることができる点もCSAの特徴である。これらの特徴から、CSAを活用することで生産者と消費者のつながりを強め、地域の農業の維持や活性化に貢献することが期待されている。
日本においては、地産地消という言葉や、産地直売所といったSFSCsは定着しているが、CSAや、生産者が食材を持ち寄って市を開き消費者に直接販売するといった他の形態のSFSCsは欧米と比べて数が限られている。その中でもCSAの実践例は少ないことから、これまでの研究では、消費者がなぜCSAに参加するのかが明らかではなかった。
そこで本研究では、消費者のCSA参加に影響を与える要因を明らかすることを目的とし、先行研究を網羅的に分析するスコーピングレビューを実施した。また、社会文化的、心理的、地理的なさまざまな属性を考慮して、KJ法を用いて明らかになった要因のモデル化を行うことで、消費者参加をより深く理解する事を目指した。
研究成果
学術論文データベースである、Web of Scienceを用いて収集された計505本のCSAに関する論文のうち、消費者の参加に関連する61本の論文を対象としてスコーピングレビューを実施した。対象となった論文の半数が米国での研究であり、日本での研究は1件のみであった。その後、KJ法によって306個の要因を抽出し、モデル化した結果、消費者はCSAへの参加によって期待される利益と損失のバランスを基に、参加の意思決定を行っていることが明らかになった。さらに、この意思決定は、消費者が組み込まれている社会文化的環境、すなわち家族や仲間や地域コミュニティとの関係からの影響を受けていることが示唆された(図2)。社会文化的環境と利益と損失のバランスは、合計6つのレベルから構成される。(表1)
個人の態度や行動は、家族や仲間といった直接的な関係だけでなく、地域社会全体から多くの影響を受けている。これには、地元の農家や近隣の人々、さらにはその地域に根付く文化や自然の魅力に起因する影響も含まれると考えられる。すなわち、個人が家族・仲間や地域の住民・生産者と強い関係を築くことや、地域の文化や価値に対して愛着を持つことで、個人の食や健康や環境への態度および行動が形成され、さらに参加の意思決定に影響を及ぼすことが示唆された。
また、CSAへの参加の意思決定は、「食育や学びの機会」、「社会・環境問題への貢献」、「人々や自然とのつながり」、「種類に富んだ食材」の4つ利益と、「金銭」、「時間」、「複雑な人間関係」の3つの損失のバランスによって行われると考察した。4つの利益から分かるように、CSAは単に新鮮な食材を提供するだけでなく、学びの機会や人々とのつながりなど、豊かな体験を提供している。しかし、これらの価値を参加の意思決定のタイミングで認知をすることは難しく、また、これらの価値に対して金銭的・時間的な損失が消費者の想像以上に大きい場合、不満足や退会につながることが示唆された。したがって、CSAを実践する生産者は、CSAが提供する非物質的な価値をしっかりと消費者に伝え、消費者の費用対効果を高めることが、効果的なCSAの実践と消費者の長期的な参加につながると考えられる。
社会的インパクト
本研究は、CSAへの消費者の参加の意思決定のモデル化を行った初めての報告である。特に、個人は社会文化的環境に深く組み込まれており、家族や仲間、さらには地域社会との関係が、個人の態度や行動の形成に影響を与えていることを明らかにした。CSAの推進者や実践意欲のある生産者へのインサイトとしては、個人だけでなく、家族や仲間のライフスタイルや価値観に基づいた意思決定プロセスを考慮し、これらのグループとの接点を増やすことが重要であると考えられる。
また、本研究での調査を通じて、地域の生産者と消費者との関係性を育み、環境や社会問題に貢献するというCSAの多面的な価値が明らかになった。これらの知見から、消費者はCSAを新鮮な食材や種類に富んだ食材にアクセスできる、単なる食料供給源として捉えるのではなく、CSAがもたらす多面的な価値を理解し参加することで、満足度を高めることや、生産者へのメリットにつながることが考えられる。
以上より、本研究は、CSAの普及を進めるうえで明確な道筋を立てることにつながり、持続可能な食料供給システムの実現という社会的ニーズに大きく貢献するものだと言える。
今後の展開
今後の研究では、本モデルを日本に適用した場合についての理解や、CSAの普及と持続可能な運営に向けた具体的な戦略の策定に向けて、消費者と生産者の視点を統合したさらなる研究が必要である。特に本研究で明らかになった、消費者がCSAの参加によって得られる利益に対して、実際に生産者が提供できる利益とのギャップや、生産者がCSAの実践において求めている価値をインタビューなどで明らかにすることで、より包括的な理解を得ることが必要になる。
付記
本研究の一部は、株式会社Eco-Porkの支援を受けたものである。
用語説明
[用語1] 地域支援型農業(Community-supported agriculture: CSA) : 生産者と消費者が一定期間契約を結び、消費者が生産者に事前に定額を支払うことで農作物を受け取るサブスクリプション型の農業の仕組みである。CSAでは、消費者が農作業や出荷作業にボランティアとして参加することができ、農家や他の人と直接交流する機会がある。また、定額の前払いによって消費者は、豊作の際にはより多くの農産物を受け取ることができるが、収穫量が少ない時には受け取る量も減少することがある。
[用語2] ショートフードサプライチェーン(Short food supply chain: SFSCs) : 欧州連合(EU)はショートフードサプライチェーンを、限られた数の中間業者が関与し、生産者、加工業者、消費者の物理的・社会的に密接な関係を維持するサプライチェーンであると定義している。CSAやファーマーズマーケット、日本の産地直売所などがこれに該当する。
[用語3] スコーピングレビュー : Clarke Mらは、ある対象分野において利用できる既存の知見をマッピング及び整理することで、知見を統合したり、既存研究におけるギャップを特定したりする研究手法であるとしている。本研究では、「消費者の参加やモチベーションに関する研究」という基準を設けて対象を絞り、分析対象の論文を決定した。
[用語4] KJ法 : 東京工業大学名誉教授で文化人類学者の川喜田二郎氏が考案した、断片的な情報・アイディアを効率的に整理し分析するための手法である。また、本質的な問題を特定し、問題解決のアイディアを生み出すための手法でもある。
論文情報
掲載誌 : |
Agricultural and Food Economics |
論文タイトル : |
Theorizing the socio-cultural dynamics of consumer decision-making for participation in community-supported agriculture |
著者 : |
Sota Takagi(髙木聡太 東京工業大学 環境・社会理工学院 博士後期課程) Yusuke Numazawa(沼澤祐介 株式会社Eco-Pork) Kentaro Katsube(勝部健太郎 株式会社Eco-Pork) Wataru Omukai(大向渉 株式会社Eco-Pork) Miki Saijo(西條美紀 東京工業大学 環境・社会理工学院 教授) Takumi Ohashi(大橋匠 東京工業大学 環境・社会理工学院 准教授) |
DOI : |
- プレスリリース 消費者と農業の新しいつながりを生み出す地域支援型農業の魅力を明らかにする —消費者の参加の決め手となる理由と社会的要因をモデル化—
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- 大橋匠 Takumi Ohashi|研究者検索システム 東京工業大学STARサーチ
- 西條美紀 Miki Saijo|研究者検索システム 東京工業大学STARサーチ
- 大橋研究室
- 西條研究室
- 環境・社会理工学院 融合理工学系
- 株式会社Eco-Pork
- 研究成果一覧
お問い合わせ先
東京工業大学 環境・社会理工学院 融合理工学系
准教授 大橋匠
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取材申し込み先
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