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生命由来の有機分子を見分ける新手法を開発 生物由来のエタン分子が持つ特徴的な13C-13C結合度

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要点

  • 生物が作った有機分子と無機的にできた有機分子を判別する新しい手法を開発した。
  • 無機的につくられたエタンガスは、生物由来のものと比べて、13Cを2つ含む分子(13C2H6)の割合が少ないことを実証した。
  • この手法を応用すれば、地球外で見つかる有機分子に生命の痕跡があるか判別可能になると期待される。

概要

東京工業大学 理学院 地球惑星科学系の田口宏大大学院生(博士後期課程2年)、アレキシー・ジルベルト准教授、上野雄一郎教授らの研究チームは、エタン(C2H6)ガスの中に炭素の同位体のうち 13Cを2つ含む分子(13C2H6)がどれだけ存在するのか(13C-13C二重置換度)を精密に決定する分析法を開発した。その結果、実験室で無機的に合成したエタンは生物由来のエタノールや天然ガス[用語1]に比べて13C2H6の存在度が明瞭に低いことを明らかにした。

天然ガスは主に、過去に死んだ生物が地中に埋没し、地下の熱で分解されることで生成するが、中には無機的に生成される天然ガスも存在すると考えられている。この両者を区別するために、炭素・水素の安定同位体[用語2]分析が用いられてきたが、明確な判別には至っていない。その中で、本研究では、生物の細胞内で酵素によって合成される有機分子は、無機的に合成するよりも13C-13Cの結合が多く形成されることを示すことに成功した。今回見出された手法を応用すれば、天然ガスの起源をより確実に判別できる。さらに将来、地球外の天体にみつかる簡単な有機分子を分析することで、生命の痕跡があるかどうかを判別することが可能になると期待される。

本研究成果は、10月2日付の「Nature Communications」電子版に掲載された。

背景

地球以外の天体に生命を探す試みが始まっている。最近の太陽系探査によると、土星の衛星であるエンケラドスや初期火星の堆積物からも炭化水素などの有機分子が検出されている。これら地球外の有機分子が、生命の痕跡であるのか、それとも無機的な化学過程で合成された有機分子なのかを判別するために、いくつかの方法が提案されてきた。古くは19世紀後半、ルイ・パスツールは光学異性体を発見し、これを用いて生物由来の有機分子を特定できるとした。無機的に合成したアミノ酸は左右対称なL型とD型の異性体を両方含むが、生物が用いるアミノ酸はL型のみであるからだ。このように分子の構造を見分ける手法は、起源判別に有用だが、熱にさらされたり、生成から時間が経つことで、その構造の特徴は失われてしまう。一方で、より単純な構造の有機分子は熱による変化や、経時変化は起きづらいが、分子構造による判別法を使うことはできない。

別の判別法として安定同位体比がある。地球の炭化水素(メタンやエタンなどの天然ガス)は主に生物起源であり、堆積性有機物の熱分解で生成する場合と、メタン生成菌の代謝によりつくられる場合がある。また、一部の特殊な天然ガスは無機的にも生成されると考えられている(非生物起源)。炭化水素が生物起源なのか、無機的につくられた非生物起源なのかを判別するために、これまで炭素の安定同位体比(13C/12C)が用いられてきた。これまでの報告においては、熱分解でできたエタンや微生物起源のメタンは、無機的に生成された炭化水素と比べて13C/12C比が低いとされている。しかし、実際に分析すると、生物起源の炭化水素と非生物起源のもので近い13C/12C比を持つ場合もあり、安定同位体を用いた環境分子の起源推定には限界があった。

研究成果

そこで本研究では、同位体分子[用語3]計測という新しい分析法を開発し、炭化水素の起源判別ができるかを検証した。今回特に注目したエタン(C2H6)は三つの同位体分子種(12C2H612C13CH613C2H6)からなっており、この内13Cを2つ含む分子(13C2H6)がどれだけ存在するのか(13C-13C二重置換度)を精密に決定する独自の分析法を開発した。

同位体分子計測を用いて、様々な天然ガス中のエタンや、発酵でできる生物由来のエタノールなどを分析したところ、生物由来の分子はどれも同じような13C-13C二重置換度を持っていることが分かった(図1)。それに対して、実験室で様々な方法で無機的に合成したエタンは生物由来の分子よりも13C2H6の存在度が低いことが明らかになった。また、天然ガスの中でも周囲に堆積性有機物がない場所でつくられた、非生物起源と言われる特殊なエタンを分析すると、実験室で合成したエタンと同じように低い13C2H6の存在度を示すことも明らかになった。

解析の結果、このような違いは、C-C結合の作られ方に由来することが分かった。CH4を無機的に重合し炭化水素を合成する際には13C-13C結合は作られにくい一方、微生物の細胞の中で段階的な酵素反応によってC-C結合を作る場合は可逆的な反応となり、その場合は13C-13C結合がより多く形成されることが分かった。

また、天然ガスの中には特殊な微生物によりエタンが分解される場合があるが、このとき、13C2H6は分解されにくく、エタンの中の13C2H6の存在度がさらに高まることも観察事実から推定された。これらの分析結果に基づくと、炭化水素の13C-13C結合度を精密に決定することによって、生物由来の分子を特定することができると考えられる。

図1 天然ガス中エタンの13C-13C二重置換度の結果。
図1
天然ガス中エタンの13C-13C二重置換度の結果。縦軸はエタンの13C-13C二重置換度、横軸はエタンの炭素の同位体比を示す。実験室で無機的に合成したエタンと非生物起源と言われる天然ガス中エタンは生物由来のエタノールや天然ガス中エタンに比べて13C2H6の存在度が明瞭に低い傾向が見られる。13C-13C二重置換度は、13C/12C比から確率的に予測される13C-13C二重置換度(13C/12C比の二乗)と実際の13C-13C二重置換度の差分として定義される。縦軸に示した測定値は標準ガスからの差分として表記している。

社会的インパクト

本研究では、これまで環境分子の起源推定や動態解析に用いられてきいた安定同位体比の精密計測を分子のレベルで行う新手法を開発した。その結果、有機分子の13C-13C存在度を分析することで、生物由来の分子と無機的に合成された分子を判別することに成功した。地球外でみつかる有機分子が生命活動の痕跡であるか否かを判別できるようになると期待される。また同じ手法を様々な天然ガスや大気中の有機分子に適用すれば、地下資源の生成過程・貯留過程の解析や、温室効果ガス等の生成消滅過程をより詳しく調べることなど、様々な応用が可能になる。

今後の展開

ここで開発した分析法は、エタンやエタノールなどの簡単な分子のみならずC-C結合を含むあらゆる有機分子へ適用することが可能である。この分析法を天然に存在する他の有機分子にも適用範囲を広げてゆくことで、これまでに得られなかった様々な環境情報が得られると期待される。また、今後の惑星探査で採取される試料を実際に分析するため、さらに少ない試料量で今回と同じような分析精度が得られるよう、計測法を微量化していく。これによって、地球外環境で発見されている有機分子から生命の痕跡を探すことを目指す。

付記

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業 特別研究員奨励費「炭素炭素二重置換同位体分子計測による新しいバイオマーカーの開発(田口 宏大)」(21J22057)、同 基盤研究(A)「フッ化型同位体分子計測による後期太古代の生物地球化学(研究代表者:上野 雄一郎)」(17H01165)、同 基盤研究(B)「Insights into hydrocarbons cycling in the subsurface from isotopologue analysis(研究代表者:ジルベルト アレキシー)」(21H01198)、同 挑戦的研究(萌芽)「Isotopologues as universal tracers of abiotic processes(研究代表者:ジルベルト アレキシー)」(21K18646)、同 学術変革領域研究(A)「CO環境の生命惑星化学(領域代表者:上野 雄一郎)」(22H05149)による支援を受けて行われた。

用語説明

[用語1] 天然ガス : 地中に存在するメタン、エタン、プロパン等の炭化水素を主体としたガスの総称。これらはより分子量の大きな堆積性有機物が熱分解することで主に生成すると考えられている。メタンについては微生物が生成する場合もよく知られている。また、極稀に、無機的な化学反応により地中で生成する炭化水素も存在すると考えられている。

[用語2] 安定同位体 : 質量数の異なる元素で、放射壊変せずに安定に存在するもの。炭素の場合は質量数12の12Cと質量数13の13Cの2種類がある。天然において、13Cは1%程度であるが13C/12Cを精密に計測すると、その比は起源物質ごとにわずかに異なっている。例えば生物が光合成によってCO2から有機物を作る際には12Cの反応速度が遅いため、CO2と比べて生物が作った有機分子は13Cの割合が少ない。

[用語3] 同位体分子 : 異なる同位体の組み合わせによってできる分子。炭素の安定同位体に着目すると、エタン(C2H6)には3つの同位体分子(12C2H612C13CH613C2H6)が存在する。このうち、99%は12C2H6、1%が12C13CH6であり、13C2H6の存在度はおよそ0.01%であるが、この比率をさらに精密に決定すると、起源物質ごとにそれらの比率が異なっていることが今回明らかになった。

論文情報

掲載誌 :
Nature Communications
論文タイトル :
Low 13C-13C abundances in abiotic ethane
著者 :
Koudai Taguchi, Alexis Gilbert, Barbara Sherwood Lollar, Thomas Giunta, Christopher J. Boreham, Qi Liu, Juske Horita, Yuichiro Ueno
DOI :

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東京工業大学 理学院 地球惑星科学系

教授 上野雄一郎

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東京工業大学 総務部 広報課

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