要点
- オートファジーによる分解産物が、細胞内でどのように代謝に影響を与えるのかは具体的には分かっていなかった。
- 細胞が栄養環境の変化に迅速に適応するために、オートファジーが機能していることが明らかとなった。
- オートファジーと代謝経路の密接なつながりが明らかとなったことで、オートファジーと様々な疾患との関連性について検討が進むと期待される。
概要
東京工業大学 科学技術創成研究院 細胞制御工学研究センターの大隅良典栄誉教授、細胞制御工学研究センターおよびWorld Research Hub Initiative(WRHI)のメイ・アレクサンダー特任助教、モナシュ大学(オーストラリア)Monash Biomedicine Discovery InstituteおよびDepartment of Biochemistry and Molecular Biologyのプレスコット・マーク准教授の研究グループは、細胞が栄養環境の変化に対して細胞がより迅速に適応する上でオートファジーが果たしている生理学的な役割を具体的に明らかにした。
オートファジーは酵母からヒトにいたるまで、真核細胞の生存と恒常性維持のために機能している仕組みである。これまでオートファジーが誘導される条件や、機能や分子メカニズムについて、そしてオートファジーで分解される細胞質成分や細胞小器官については多くの知見が得られている。しかし生理学的な視点での研究はあまり進んでおらず、例えば、オートファジーによる分解産物が細胞内で再利用される詳細な仕組みについてはほとんど分かっていなかった。
本研究では、栄養環境の変化というストレスに対してオートファジーが誘導され、結果としてミトコンドリアにおけるタンパク質合成の開始に重要なアミノ酸セリンが供給される、細胞の迅速な環境への適応が可能になるという、オートファジーの生理学的機能を初めて明らかにした。本成果によりオートファジーと代謝との密接なつながりが明らかとなった。今後はオートファジーと様々な疾患との関連について研究が進むことが期待される。
本研究成果は、10月7日(英国時間)に英国科学誌「Nature Communications」のオンライン版で公開された。
背景と経緯
オートファジーは細胞が自らの細胞質成分(タンパク質、核酸や脂質など)や細胞小器官(ミトコンドリア、小胞体など)を分解し、それによって生じた代謝物を利用する仕組みであり、酵母からヒトにいたるまで真核生物に広く保存された分解経路である。細胞が栄養飢餓条件に置かれた場合や、正常な機能を失ったタンパク質や細胞小器官が出現した場合にオートファジーが誘導されることが知られており、オートファジーは真核細胞の生存と恒常性維持のための基本的な経路であると考えられている。これまで、オートファジーに必要な約40種のATG遺伝子とそれらにコードされるAtgタンパク質[用語1]が同定されており、オートファジーの分子メカニズムについては急速に解明が進んでいる。しかし、オートファジーによる分解産物(アミノ酸など)がその後、細胞内のどこでどのように利用されるのかは、オートファジーの研究に最も多く用いられている酵母においてさえ不明なことが多く残っている。そのような酵母における代謝とオートファジーのつながりを明らかにするための生理学的視点からの研究は、高等動植物におけるオートファジーの役割を理解するためにも重要なことと言える。
研究内容と成果
本研究ではまず、酵母が解糖系[用語2]で代謝可能な炭素源(グルコースなど)が豊富に存在する場合にはアルコール発酵を行い、解糖系では代謝できない炭素源(エタノールなど)のみが存在する場合には好気呼吸[用語3]を行う。この発酵条件から呼吸条件に栄養環境を切り替えるストレスを酵母に与えた時に、酵母の野生株とオートファジー欠損株の環境適応に差が生じるかどうか検討した。その結果、呼吸条件に切り替えた後、いったん増殖曲線が立ち上がった後は野生株とオートファジー欠損株で増殖速度に差はほとんどないが、オートファジー欠損株は増殖曲線の立ち上がりまでの誘導期が長いことが分かった。すなわち、オートファジーができないことで栄養環境変化への適応により長い時間がかかる。また、野生株では呼吸条件に切り替えた際にGFP-Atg8切断アッセイ、Ape1タンパク質の成熟化、Atg13タンパク質の脱リン酸化などのオートファジーの指標が確認された。培地を呼吸条件に切り替えたこと自体がオートファジーを引き起こすことが明らかになり、オートファジーが細胞の迅速な環境適応のため機能していることがわかった。
次に、培地を呼吸条件に切り替えた際にオートファジーによる分解産物がどのような役割を担っているのか検討した。様々な代謝物とりわけ細胞の代謝において重要な役割を担っているアミノ酸であるセリン、グリシン、グルタミン、グルタミン酸等を上記と同じ培地に添加したところ、セリンを追加した場合のみ、オートファジー欠損株の増殖における誘導期が野生株と同程度に短くなることが見出された。また、呼吸条件に切り替えた後、オートファジー欠損株では酸素消費量やミトコンドリア内膜内外の電気化学的ポテンシャル[用語4]の増大が野生株に比べて遅れることが観察された一方、セリンを加えた場合には野生株の場合と同程度のタイミングで観察されることが明らかとなった。セリンはミトコンドリアにおける呼吸鎖(電子伝達系)[用語5]に必要なミトコンドリア内のタンパク質翻訳に関連して、最も効率の良い代謝経路であるone-carbon metabolism(1炭素代謝)[用語6]の前駆物質として機能することが知られている。具体的には、ミトコンドリアにおけるタンパク質の翻訳は、開始tRNA(Met-tRNA)[用語7]がセリンに由来するホルミル基と結合してホルミル化される(fMet-tRNA)ことが必要である。実際にノーザンブロッティング[用語8]を用いて野生株、オートファジー欠損株それぞれについてfMet-tRNAの検出を行ったところ、オートファジー欠損株ではfMet-tRNA の出現が野生株よりも遅れること、セリンを加えた場合はそのラグがなくなることが分かった。1炭素代謝の各ステップに関与する酵素をそれぞれ欠損させた株についても呼吸条件で培養を行ったところ、オートファジー欠損株と同様に増殖曲線の立ち上がりが遅れること、セリンを加えると若干は立ち上がりが早くなるものの変化は少ないことが分かった。これらの結果は、酵母を呼吸条件に置くとセリンが不足するが、オートファジーによってタンパク質が分解されてセリンが供給されることを示している。本研究は、オートファジーが細胞内の複雑な代謝経路と密接につながっており、細胞が栄養環境の変化に迅速に適応するため動的に機能する役割の一端を担っていることを明らかにした。
今後の展開
オートファジーが細胞質成分や細胞小器官を分解することから、その分解産物が再利用されるであろうことは必然として予想されていたが、今回の研究で環境適応のための代謝の切り替えに必要であることが具体的に明らかとなったことで、これまで報告されてきたオートファジーとがんなど様々な疾患との関連性について、今後はさらに本質的な理解が進むと期待される。
用語説明
[用語1] Atgタンパク質 : オートファジーの誘導、オートファゴソームの形成、オートファゴソームと液胞の融合など様々な過程にかかわっているオートファジー関連タンパク質。
[用語2] 解糖系 : ほとんど全ての生物が有している代謝系で、グルコース1分子からピルビン酸2分子とアデノシン三リン酸(ATP)2分子を生成する。
[用語3] 好気呼吸 : ここでは特に、ミトコンドリアにおける酸素を利用した有機物の代謝・エネルギー生産のことを指す。
[用語4] 電気化学的ポテンシャル : ミトコンドリアの内膜と外膜の膜間空間にプロトンが汲み出されることによって生じる、内膜を境とした内外のpH差および電荷の差のこと。
[用語5] 呼吸鎖(電子伝達系) : 好気呼吸の最終段階の代謝系で、酸化還元反応によって電子供与体から電子受容体へ電子を移動させる。酸素分子が最終的な電子受容体である。
[用語6] one-carbon metabolism(1炭素代謝) : セリンを由来とする炭素原子1個が「葉酸サイクル」と「メチオニンサイクル」の代謝産物へと受け渡されていく経路のこと。
[用語7] 開始tRNA : DNAの遺伝情報がメッセンジャーRNA(mRNA)に転写され、それがタンパク質に翻訳される際、開始tRNAがmRNA上の翻訳開始配列を認識し、翻訳が開始される。
[用語8] ノーザンブロッティング : 電気泳動とプローブを用いて特定の配列をもつRNA断片を検出する手法。
論文情報
掲載誌 : |
Nature Communications |
論文タイトル : |
Autophagy facilitates adaptation of budding yeast to respiratory growth by recycling serine for one-carbon metabolism |
著者 : |
Alexander I. May, Mark Prescott, Yoshinori Ohsumi |
DOI : |
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- 大隅研究室
- 研究者詳細情報(STAR Search) - MAY ALEXANDER IAN メイ アレクサンダー イアン
- 研究者詳細情報(STAR Search) - 大隅良典 Yoshinori Osumi
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