本研究成果のポイント
高エネルギーのガンマ線が原子核に入射すると光核反応が発生し中性子が放出される。直線偏光したガンマ線が入射した場合、放出された中性子は角度によって強度が異なり、その強度IはI=a+b・sin(2φ)(φは直線偏光面からの角度)という非常に簡単な式になることが1957年に理論的に予言されていた。しかし、高輝度の直線偏光ガンマ線を発生させる装置が存在しなかったため、この理論は実証されていなかった。近年、レーザーコンプトン散乱ガンマ線装置[用語1]が開発され、直線偏向したガンマ線を容易に生成可能になった。そこで、ニュースバル放射光[用語3]において、直線偏光したガンマ線を金、銅、ヨウ化ナトリウムの物質にそれぞれ別に照射し、そこから放出される中性子の強度を計測した。その結果、3種類の物質において、中性子の角度に対する強度が、I=a+b・sin(2φ)になることが判明し、理論的予言が正しいことが証明された。
本研究成果は、原子核物理学における50年以上にわたって実証されていなかった理論を実証するものである。さらに、原子核物理学や宇宙核物理学の発展に貢献する。例えば、この光核反応を用いて、ニュートリノと原子核の相互作用の強さを評価することが可能である。この相互作用の強さは、超新星爆発の初期に恒星の中心部で発生したニュートリノが鉄やケイ素と反応して、超新星爆発の引き起こすメカニズムの解明に必要な物理量である。また、この手法は、不正に密輸出入されようとする核物質の探知などにも将来的に応用が期待される。なお、本研究は Physics Letters B 2014年8月下旬に出版予定である。
補足説明
約10MeV(メガ電子ボルト)[用語2]以上のエネルギーを有するガンマ線が原子核に照射されると、原子核がガンマ線を吸収して、代わりに中性子が放出される(図1右)。ガンマ線も含む光には、光を構成する電場と磁場の向きが固定された状態である直線偏光した状態が存在する。1957年にイタリアの理論物理学者Agodi博士は、直線偏光したガンマ線を吸収した原子核から放出される中性子は、ガンマ線の進行方向に対して90°の角度では、中性子の角度毎の強度Iが、原子核の種類に関係なく、I=a+b・sin(2φ)(φは直線偏光面からの角度)の式になることを予言した(図1左)。しかし、これまで直線偏光した高輝度ガンマ線を生成することができなかったので、この理論的予言は実証されていなかった。また、Agodi博士の予言も現在ではほとんど忘れ去られてしまっていた。
図1 ガンマ線を吸収して中性子を放出する模式図と実験の配置図
近年、高エネルギーの電子にレーザーを散乱させて生成するレーザーコンプトン散乱ガンマ線が開発された(図2参照)。現在MeV領域のレーザーコンプトン散乱ガンマ線は、世界で 2か所、デューク大学(米)と兵庫県立大学が管轄するニュースバル放射光で定常的に稼働している。そこで、ニュースバル放射光で本実験を行った。
図2 レーザーコンプトン散乱ガンマ線の生成方法。
3種類(金、ヨウ化ナトリウム、銅)の物質に対して、直線偏光したガンマ線を照射した。光核反応で放出された中性子を、90度の角度に設置したプラスティックシンチレーション検出器[用語4]で測定し、一定時間に放出された中性子の数を数えた。中性子の角度に対する強度を計測するために、ガンマ線の直線偏光の面の角度を30度刻みで変更して、それぞれの角度における中性子の数を測定した。この測定を3種類の物質に対して行った。その結果、図3に示すように、全ての物質で、中性子の強度の角度依存性が理論的に予言された通りになっていることが判明した。この結果をもって、約50年前にAgodi博士によって予言された理論を初めて実証したと言える。
本研究成果は、原子核物理学の上では、磁気双極子遷移強度を計測することに応用できると期待されている。原子核がガンマ線を吸収して励起する(エネルギーが高くなる)モードには、電気双極子遷移と、磁気双極子遷移[用語5]がある。一般に、10〜30MeVのエネルギーのガンマ線を原子核に照射すると、強い電気双極子遷移が発生することが知られている。一方、磁気双極子遷移が存在すると理論的には予測されていたが、10〜30MeVのガンマ線を吸収した場合に発生する磁気双極子の強度(確率)を実験的に計測する確立した手法は存在していない。本手法を応用すると、中性子の角度に対する強度を計測することで、磁気双極子遷移の強度を計測することが可能になると理論的に予測されている。
磁気双極子遷移を様々な原子核に対して計測できれば、超新星の爆発メカニズムの解明等に寄与する(図4)。太陽より質量が8倍以上重い恒星は、最後に超新星爆発を引き起こす。その初期では、中心部の鉄が重力崩壊して、原始中性子星[用語7]を形成する。この中性子星から多量のニュートリノが外部に放出される。その約99%は全く反応せずに透過して宇宙空間に去っていくが、残りの約1%が中性子星の外側にある鉄、ケイ素といった物質と相互作用することで、超新星爆発を引き起こすと考えられている。このニュートリノと鉄やケイ素との相互作用の強さは、未解明の問題であり、現在も研究が続けられている。ニュートリノと(鉄やケイ素などの)原子核との反応する強さは、原子核の磁気双極子遷移の強さと関係することが判っている。そのため、本手法を用いることで、ニュートリノと鉄等の原子核との相互作用の強さを評価でき、超新星爆発の理解に貢献できる。
図4 超新星爆発とニュートリノの模式図
その他の応用例として、核セキュリティーへの応用が挙げられる。現在、アメリカを中心に空港、港湾などの重要施設のゲートにおいて、トラック等で密かに運搬される核物質(ウラン235など)や放射性同位体[用語6]を非破壊で検知する装置が、テロ対策の一環として研究開発されている。レーザーコンプトン散乱ガンマ線による光核反応も、このような技術に応用可能である。小型のレーザーコンプトン散乱ガンマ線発生装置と中性子検出器の組み合わせによる装置をゲート等に設置して、テロリストが密かに運搬しようとする核物質等の検知を行うことが考えられる。そのような検知方式において、中性子の角度による強度の違いが有益な情報をもたらす可能性がある。
用語説明
[用語1] レーザー・コンプトン散乱ガンマ線 : 加速器で加速した数十MeVから数GeVのエネルギーを有する電子と、レーザー光をコンプトン散乱させることで発生させるガンマ線。エネルギーの高い領域では、レーザー光を光子(粒子)と見なすことができる。光子と電子の散乱によって、光子は高いエネルギーを電子からもらい、数十MeVから数GeVのエネルギーを持つ光子(ガンマ線)に変換される。入射したレーザー光は指向性が高くエネルギーが一定であるため、生成されたガンマ線も高い指向性と比較的狭いエネルギー幅を有する。二重結合と単結合とが交互に連なっている化学構造を有する高分子のことを指す。
[用語2] MeV : メガ電子ボルト。エネルギーの単位。1Vの電圧が印加された状態で、1個の電子が加速されることで得られるエネルギーが1eV。1keVはその1,000倍。1MeVはその1,000,000倍。1GeVはその1,000,000,000倍。
[用語3] ニュースバル放射光 : SPring-8には、SPring-8放射光以外に、兵庫県立大学が管理するニュースバル放射光がある。ニュースバル放射光では、1GeVないし1.5GeVのエネルギーを有する電子が蓄積され、様々な波長の光が生成され、産業利用や基礎研究に提供されている。その一部にレーザーコンプトン散乱ガンマ線発生装置が設置されている。
[用語4] プラスティックシンチレーター検出器 : 放射線検出器の一種。蛍光物質を含むプラスティックに放射線が入射すると可視領域の光を発する。この光を測定することで放射線を測定する。
[用語5] 磁気双極遷移 : 光(ガンマ線も光の一種である)は、電磁場であり磁場と電場の変化する波で構成される。原子核における磁気双極遷移とは、光(ガンマ線)が原子核に入射した場合、主に磁場が原子核と相互作用する反応である。また、電気双極遷移は、主に電場と原子核が相互作用する反応である。
[用語6] 同位体 : 個々の元素は、質量の異なる同位体から構成される。例えば、安定に存在する炭素は炭素12、炭素13 から構成される。同位体の違いはその原子核に含まれる中性子の数の違いである。
[用語7] 原始中性子星 : 太陽より質量が8倍以上の恒星の寿命の最期に、中心部が重力崩壊して生成される高密度の天体。超新星爆発によって外層が吹き飛ばされる前の状態のものを原始中性子星と呼ぶ。
掲載雑誌名
掲載誌 : |
Physics Letters B 737 (2014) 109 |
題目 : |
Neutron angular distribution in (γ,n) reactions with linearly polarized γ-ray beam generated by laser Compton scattering |
著者 : |
K. Horikawa, S. Miyamoto, T. Mochizuki, S. Amano, D. Li, K. Imasaki, Y. Izawa, K. Ogata, S. Chiba, T. Hayakawa
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DOI : |
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