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オートファゴソーム膜を伸ばす仕組みを解明 オートファジー最後の未知たんぱく質の正体が明らかに

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要点

  • オートファジーにおいて、分解対象を包む袋状の膜(オートファゴソーム)が伸びていく仕組みは分かっていなかった。
  • 膜たんぱく質Atg9が脂質二重層の2つの層の間でリン脂質を往来させる活性を持ち、細胞質側に届いた脂質を反対の層に運ぶことで膜を伸ばすことが明らかとなった。
  • オートファゴソーム形成の分子機構が明らかとなり、オートファジーを制御する特異的制御剤の開発が加速すると期待される。

概要

JST戦略的創造研究推進事業において、微生物化学研究所の野田 展生 部長、的場 一晃 上級研究員らは、オートファジーを担うたんぱく質群のうちの1つであるAtg9が脂質二重層[用語1]の2つの層の間でリン脂質を往来させる活性(脂質スクランブル活性[用語2])を持つことを発見し、その活性がオートファゴソーム[用語3]膜の伸展を引き起こすことを明らかにしました。

細胞内のたんぱく質を分解する仕組みの1つであるオートファジーにおいて、オートファゴソームの形成は分解対象を決定する極めて重要なステップです。これまでに本研究グループは、脂質輸送たんぱく質Atg2がオートファゴソームを作るためのリン脂質を小胞体から運ぶことを明らかにしましたが、運ばれたリン脂質を使ってどのように膜が伸びるのか、その仕組みは分かっていませんでした。

研究グループは、機能が分かっていなかった酵母およびヒト由来の膜たんぱく質Atg9が、脂質スクランブル活性を持つことを試験管内の実験で明らかにしました。さらに酵母Atg9の立体構造をクライオ電子顕微鏡[用語4]で調べた結果、脂質二重層の2つの層をつなぐ細孔を持つことが分かりました。また、細孔を形成するアミノ酸に変異を入れたところ試験管内でのAtg9の脂質スクランブル活性が失われ、この同じ変異により酵母におけるオートファゴソームの形成も阻害されることを見いだしました。これらのことから、Atg9は新規脂質スクランブラーゼ[用語2]であり、脂質輸送たんぱく質Atg2と協力してオートファゴソームの形成に働くという全く新しい仕組みを明らかにしました。

本研究によりオートファジーの基本原理が解明され、今後のオートファジーの特異的制御剤の開発に向けた基盤となることが期待されます。

本研究成果は、2020年10月26日(英国時間)に英国科学誌「Nature Structural & Molecular Biology」のオンライン版で公開されました。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)

研究領域:
「ライフサイエンスの革新を目指した構造生命科学と先端的基盤技術」
(研究総括:田中啓二 東京都医学総合研究所 理事長)
研究課題名:
「オートファジーの膜動態解明を志向した構造生命科学」
研究代表者:
野田展生(微生物化学研究会 微生物化学研究所 部長)
研究期間:
2013年4月~2020年3月

背景と経緯

オートファジーは細胞内の主要な分解経路であり、有害なたんぱく質凝集体や傷ついたミトコンドリアなどの分解を通して、細胞の恒常性維持に働いています。そしてオートファジーの異常は神経変性疾患やがんなど、重篤な疾病を引き起こすことが知られています。オートファジーは、生体にとって極めて基本的かつ重要な現象であり、その仕組みを知ることは疾病の治療や予防法の開発のために欠かせません。オートファジーの最大の特徴は、オートファゴソームと呼ばれるオルガネラを新たに作り出す点にあります。オートファゴソームに包まれたものは全て細胞内分解の場所であるリソソームへと運ばれ分解されることから、オートファゴソームを作る過程がオートファジーによる分解対象を決定付けます。しかしオートファゴソームの形成過程は、依然として多くの謎に満ちており、中でもオートファゴソームの膜が伸展していく仕組みは全く分かっていませんでした。

オートファゴソームの形成は、多くのAtgたんぱく質[用語5]が担っています。そのうちのほとんどのたんぱく質は構造と機能の解析が進み、本研究グループはAtg2というたんぱく質が脂質輸送活性を持ち、オートファゴソームを作るための脂質を小胞体から運ぶことを明らかにしました。しかし、Atg2は伸展中のオートファゴソーム(隔離膜)の脂質二重層のうち、細胞質側の層にしか脂質を運ぶことができません。膜が伸展するためには、脂質は二重層の両側に均等に配分される必要がありますが、通常脂質は2つの層の間で自由に往来することができないため、それを促進する何らかの仕組みが必要になります。Atg9はこれらAtgたんぱく質の中で機能が分からない最後のたんぱく質であり、また唯一の膜貫通型たんぱく質です。Atg2とともに隔離膜の先端に局在することから、膜伸展に重要な役割を担うことが示唆されていました。

オートファゴソーム形成過程の模式図

図1. オートファゴソーム形成過程の模式図

オートファジーが誘導されると、細胞質中に突如膜構造が出現し(隔離膜)、それが分解対象を包み込みながら伸展し、閉じてオートファゴソームとなる。隔離膜が伸展するために必要なリン脂質はAtg2が小胞体から供給すると考えられるが、それだけでは隔離膜の細胞質側の層に脂質が溜まり、膜が伸展しない。

研究の内容

研究グループは、まず酵母由来のAtg9を精製し、試験管内での活性を調べました。蛍光脂質を組み込んだ人工脂質膜(リポソーム)を用いた解析を行い、Atg9がリポソームを作る脂質二重層の内層から外層へと蛍光脂質を移動させる活性を持つことを明らかにしました。次に実際のオートファゴソーム膜の構成脂質であるホスファチジルイノシトール3リン酸(PI3P[用語6])を外層だけに含んだリポソームを調製し、Atg9の活性を凍結割断レプリカ標識法[用語7]で調べました。その結果Atg9は、PI3Pをリポソームの外層から内層へと輸送する活性を持ち、脂質二重層の2つの層の間で脂質の往来を促進する、新規脂質スクランブラーゼであることを明らかにしました。この活性はAtg9のヒトの相同たんぱく質であるATG9Aでも確認されたことから、進化上保存されていると考えられます。続いてAtg9の立体構造についてクライオ電子顕微鏡を用いて高分解能で決定したところ、膜を横断する方向と膜に平行な方向の2種類の細孔を持っており、これらが互いにつながって脂質二重層の2つの層の間に通路を作っていることが分かりました。そこで細孔を形成するアミノ酸に変異を入れたところ、試験管内で見られたAtg9の脂質スクランブル活性が阻害され、また酵母においてオートファゴソーム形成も阻害されることが分かりました。以上の結果から、Atg2が小胞体から隔離膜の細胞質側の層に運んだリン脂質をAtg9がスクランブルすることで脂質二重層の両側の層に配分し、隔離膜の伸展を可能にしていると考えられます。

Atg9の構造と脂質スクランブル活性

図2. Atg9の構造と脂質スクランブル活性

(a)Atg9は三量体を形成し、中心に膜を貫通する細孔と、それぞれの分子に膜と並行な細孔が存在し、それらがつながることで脂質の通路を形成している。
(b)Atg9はリポソームの外層のPI3Pを内層に移動させる活性を持っているが、その活性は細孔の変異体により阻害される。黒のドットはPI3Pの分布を表す。

Atg9とAtg2による隔離膜の伸展機構

図3. Atg9とAtg2による隔離膜の伸展機構

Atg2は小胞体膜と隔離膜をつなぎ、小胞体膜に含まれるリン脂質を隔離膜の細胞質側の層へと輸送する。Atg9はAtg2、Atg18とともに隔離膜先端に局在し、Atg2が輸送したリン脂質を反対側の層へと移動させることで、隔離膜の伸展を達成する。

脂質スクランブラーゼと脂質輸送たんぱく質が協力してオートファゴソームの形成を担うという今回の発見は、オートファゴソーム形成の仕組みとして全く考えられてこなかったものであり、オートファジーの基礎研究の方向性を変える、画期的な成果であると考えられます。

今後の展開

オートファジー分野における積年の課題であった隔離膜の伸展機構が明らかになったことで、オートファゴソーム形成の分子機構の完全理解に向けた研究が加速されることが期待されます。そしてオートファゴソーム形成機構の理解が深まることで、オートファジーの人為的制御を介したさまざまな疾病の治療や予防法の開発研究が促進されることも期待されます。さらに今回見いだした「脂質スクランブラーゼと脂質輸送たんぱく質の協働による脂質膜の新生」は、オートファジー分野のみならず、細胞生物学全般において初めて明らかとなった現象であり、細胞生物学の基礎研究全般の推進に貢献する成果です。

付記

本研究は、東京大学の吉川 雅英 教授、東京工業大学の中戸川 仁 准教授および大隅 良典 栄誉教授、順天堂大学の藤本 豊士 特任教授、理化学研究所の杉田 有治 主任研究員、および京都大学の岩田 想 教授のグループと共同で行いました。

用語説明

[用語1] リン脂質と脂質二重層 : リン脂質とはリン酸エステルを持つ脂質の総称で、親水性の部分と疎水性の部分の両方を持つ。疎水性の部分があるため単独では水に溶けないが、疎水性部分を向かい合わせて脂質二重層を形成することで水溶液中でも安定して存在できる。細胞のさまざまな脂質膜は主にリン脂質からなる脂質二重層で作られている。

[用語2] 脂質スクランブル活性、スクランブラーゼ : 脂質二重層の2つの層の間では、通常リン脂質は自由に往来できないが、それを促進する活性を脂質スクランブル活性、その活性を備えたたんぱく質をスクランブラーゼと呼ぶ。

[用語3] オートファゴソーム : オートファジーが誘導されると、細胞質に新たに作り出される二重膜のオルガネラ。オートファゴソームが取り囲んだもの(さまざまなたんぱく質や核酸など)は全て分解の場であるリソソーム(酵母の場合は液胞)へと輸送され、リソソーム内の分解酵素群の働きで分解される。

[用語4] クライオ電子顕微鏡法 : 透過型電子顕微鏡法の一種で、試料を低温状態で測定する。近年著しい発展を遂げ、たんぱく質の立体構造を高分解能で決定する手法として広く使われている。

[用語5] Atgたんぱく質 : 酵母で同定されたオートファジーに関与するたんぱく質群の名称で、これまでに40種類以上報告されている。Atgの後におおよそ同定された順に通し番号が付けられている。Atgたんぱく質群のうち、栄養飢餓時のオートファゴソーム形成に重要なものは19種類である。

[用語6] PI3P : リン脂質の一種であるホスファチジルイノシトールのイノシトール環の3位が酵素によりリン酸化を受けたもので、細胞内においてさまざまな役割を担っている。オートファゴソーム膜にも存在し、Atgたんぱく質を集めるために働いている。

[用語7] 凍結割断レプリカ標識法 : 細胞などの試料を凍結し、高真空中で凍結割断して割断面にレプリカ膜を作製し、抗体標識して電子顕微鏡で観察する手法。脂質膜に含まれる特定のリン脂質の分布を可視化することが可能である。

論文情報

掲載誌 :
Nature Structural& Molecular Biology
論文タイトル :
Atg9 is a lipid scramblase that mediates autophagosomal membrane expansion(Atg9はオートファゴソーム膜伸展を担う脂質スクランブラーゼである)
DOI :
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お問い合わせ先

研究に関すること

微生物化学研究会 微生物化学研究所 構造生物学研究部

部長 野田展生

E-mail : nn@bikaken.or.jp
Tel : 03-3441-4173 / Fax : 03-6455-7348

東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系

准教授 中戸川仁

E-mail : hnakatogawa@bio.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5735 / Fax : 045-924-5743

JST事業に関すること

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保田睦子

E-mail : crest@jst.go.jp
Tel : 03-3512-3524 / Fax : 03-3222-2064

報道担当

科学技術振興機構 広報課

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