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発光効率と大気安定性が高い、有害元素フリーの新規青色発光体を実現

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要点

  • 発光効率95%の青色発光体を開発。
  • 大気中で高い安定性があり、鉛やカドミウムなど有害元素を含まない。
  • 室温で溶液から合成可能で、フレキシブルディスプレイなどへの応用を期待。

概要

東京工業大学 元素戦略研究センターの李江伟(Jiangwei Li、リ ジャンウェイ)研究員、金正煥(Junghwan Kim、キム ジョンファン)助教、細野秀雄栄誉教授らは、有害元素を含まないハロゲン系青色発光体Cs5Cu3Cl6I2を新たに開発した。

蛍光体は波長変換によってさまざまな色を作り出す。その機能は、X線、紫外線、赤外線などの可視化に用いられている。単色の青色LEDの白色光への変換にも蛍光体は必須である。この蛍光体で最も重要になるのが波長変換の効率であり、発光効率(PLQY)がその指標とされる。近年、PLQYが90%を超えるさまざまな高効率発光体が報告されているが、カドミウム、鉛のような有害元素を含むことが問題となっている。

今回開発されたCs5Cu3Cl6I2は、95%という非常に高いPLQYや優れた大気安定性を有する。また溶液法を用いたバルク合成や、塗布法により薄膜作製が可能であるため、製造コストの削減や、プラスチック基板を用いるフレキシブルディスプレイなどへの応用が期待される。

本研究成果はドイツ科学誌「Advanced Materials」に速報としてオンライン版に2020年8月6日付で公開された。

背景と経緯

現在、ディスプレイなどに使われているLEDバックライトは、青色LEDと黄色の蛍光体を組み合わせることで白色光を作り出している。このように蛍光体には、ある光の波長を、必要とされる別の波長に変換する機能があり、人には見えない紫外光を可視光に変換することも可能である。ただし、この蛍光体では光をどれほど効率よく変換できるかが重要であり、一般的には発光効率(PLQY[用語1])がその指標となっている。

高いPLQYを有する材料としては近年、量子ドット(QD)などが注目されているが、発光波長が量子サイズ効果[用語2]に起因するため、粒径の均一性が保証されないといけない。特に高温環境では粒子の凝集が起きやすく、これを防ぐためには、製造工程において有機分子のリガンドを使用することが必要になる。しかし、このような工程には、QDの製造コストが高くなるという問題があった。さらに、QDにはカドミウム(Cd)などの有害元素が含まれていることも大きな問題となっている。

一方近年では、QDの代替材料としてペロブスカイト型ハロゲン化物が注目されている。この材料では、バルクの形状でも優れた発光特性が得られることや、溶液法などの安価な製造法が用いられることが大きな利点である。しかしながら、QDと同様に、有害元素である鉛(Pb)を含むことが問題となっている。このような背景から、当研究チームは以前から、有害元素フリーの新規発光材料の探索を進めており、2018年には、90%以上の非常に高いPLQYを有するハロゲン系青色発光体Cs3Cu2I5を初めて報告した(Adv. Mater, 30 (2018) 1804547)。このCs3Cu2I5は、有害元素フリーや高い効率の青色発光といった点から大きな注目を集め、その後も数多くの研究グループからさまざまなハロゲン系発光体が新たに報告されている。しかし、高いPLQYと大気安定性という条件をともに満たす材料は、いまだCs3Cu2I5のみである。こうしたことから、ハロゲン系発光体の大気安定性や発光効率を高めるために必要な要因を明らかにすることが重要になっていた。

研究の内容

これまでに報告された高効率ハロゲン系発光体は、[CuX]の多面体を発光中心とするものがほとんどである(XにはI(ヨウ素)、Br(臭素)、Cl(塩素)などが入る)。具体的には、当研究グループが報告したCs3Cu2X5、CsCu2X3のほか、Rb2CuX3などがある。研究グループは、この発光中心である[CuX]多面体の次元性が非常に重要であると考えてきた。たとえばCs3Cu2X5は、セシウムイオン(Cs+)によって[CuX]の発光中心が完全に隔離されている0次元的電子構造を有しており、この構造によって、QDと同様に高い励起子閉じ込め効果が得られると考えられる。最近では、物質名の先頭に次元性を「0D」(0次元)、「1D」(1次元)、「2D」(2次元)、「3D」(3次元)という形で示すことで、物性をよりわかりやすくしている(例:0D Cs3Cu2X5, 1D CsCu2I3)。

本研究では、新たなハロゲン化物発光体を見出すために、複合アニオン化合物[用語3]に着目した。ペロブスカイト型ハロゲン化物(CsPbX3)では、イオン半径が比較的近い2種のアニオンを用いて固溶体を作ることが可能である(例:CsPbBr3-XIX)。このような複合アニオンを用いることには、発光波長を幅広く変化できるといった利点がある。同様に、Cs3Cu2X5でも複合アニオンを用いた研究がすでに報告されているが、どれもCs3Cu2I5と比べると、発光特性や大気安定性が大幅に劣る結果になっている。そのため本研究では、イオン半径が大きく異なるヨウ素イオン( I-)と塩素イオン( Cl-)からなる複合アニオン化合物をあえて選択した。一般的には、この2種のアニオンでCs3Cu2X5の固溶体が作れるとは考えにくい。Cs3Cu2I5とCs3Cu2Cl5に相分離すると考えるのがふつうである。ただし、まったく新しい結晶相が生成される場合は違った結果になる可能性がある。こうした考えから、ヨウ素イオン( I-)と塩素イオン( Cl-)の複合アニオンを許容する新しい相があるかを調査した。その結果、Cs5Cu3Cl6I2という新たな相の存在が確認された。

図1. Cs<sub>5</sub>Cu<sub>3</sub>Cl<sub>6</sub>I<sub>2</sub>の結晶構造(白:セシウム、青:銅、紫:ヨウ素、緑:塩素)

図1. Cs5Cu3Cl6I2の結晶構造(白:セシウム、青:銅、紫:ヨウ素、緑:塩素)

Cs5Cu3Cl6I2の結晶構造では、[Cu3Cl6I2]5-の多面体がジグザグの模様で1次元的に繋がっている(図1)。この構造で特徴的なのは、多面体同士の結合位置にはヨウ素イオン(I-)のみが存在していることである。Cs5Cu3Cl6I2の光特性や大気安定性を調べると、発光波長は460 nmであり、既存のCs3Cu2I5よりやや長波長側にシフトしていることがわかった(図2)。発光効率は95%と非常に高い値を示しており、これまでに報告されたハロゲン系青色発光体の中では最も高い値である(表1)。

図2. (ア)Cs<sub>3</sub>Cu<sub>2</sub>I<sub>5</sub>とCs<sub>5</sub>Cu<sub>3</sub>Cl<sub>6</sub>I<sub>2</sub>の発光スペクトルの比較、(イ)薄膜および粉末試料の発光写真、(ウ)従来のCs<sub>3</sub>Cu<sub>2</sub>Cl<sub>5</sub>とCs<sub>5</sub>Cu<sub>3</sub>Cl<sub>6</sub>I<sub>2</sub>の大気安定性の比較。

図2. (ア)Cs3Cu2I5とCs5Cu3Cl6I2の発光スペクトルの比較、(イ)薄膜および粉末試料の発光写真、(ウ)従来のCs3Cu2Cl5とCs5Cu3Cl6I2の大気安定性の比較。

一方、大気安定性の試験でも非常に良好な結果が得られた。Cs5Cu3Cl6I2は大気中に90日間放置しても劣化はみられず、Cs3Cu2Cl5が大気中で急速に劣化することと対照的である(図2(ウ))。ここで注目すべきことは、塩化物発光体では大気中での劣化が数多く報告されているにもかかわらず、塩素がアニオンの75%を占めるCs5Cu3Cl6I2が、Cs3Cu2Cl5よりもかなり優れた大気安定性を示すことである。また、同様にアニオンにヨウ素を含むCs3Cu2I5と同レベルの安定性を示していることから、Cs5Cu3Cl6I2の大気安定性には、ヨウ素イオン(I-)が多面体同士の結合位置を占有し、かつ価電子帯上端を塩素イオン(Cl-)に代わって支配していることが大きく影響していると考えられる。

表1. 従来のハロゲン系発光体との発光特性の比較

表1. 従来のハロゲン系発光体との発光特性の比較

図3. 電子構造の比較。(ア)Cs<sub>3</sub>Cu<sub>2</sub>I<sub>5</sub>,(イ)Cs<sub>5</sub>Cu<sub>3</sub>Cl<sub>6</sub>I<sub>2</sub>,(ウ)CsCu<sub>2</sub>I<sub>3</sub>

図3. 電子構造の比較。(ア)Cs3Cu2I5,(イ)Cs5Cu3Cl6I2,(ウ)CsCu2I3

図3は、従来のハロゲン系青色発光体(Cs3Cu2I5、CsCu2I3)と、今回開発したCs5Cu3Cl6I2の次元性、発光効率(PLQY)、電子構造の相関について比較したものである。Cs5Cu3Cl6I2とCsCu2I3は同じ1次元性材料に分類することができるが、PLQYでは、Cs5Cu3Cl6I2が95%、CsCu2I3が10%と顕著な差がみられる。この差の理由は、価電子帯上端の局在性、つまり正孔の有効質量の違いによるものであると結論づけることができる。銅を含むハロゲン系発光体のほとんどでは、発光は自己束縛励起子[用語4]から生じる。この自己束縛励起子の生成には、正孔が空間的に局在されていることが望ましい。また、Cs5Cu3Cl6I2の伝導帯下端には比較的大きなバンド分散がみられる。よって、価電子帯上端に生成した局在した正孔と、伝導帯下端の遍歴性の高い電子によって、発光効率の高い自己束縛励起子が効率よく生成されることが、Cs5Cu3Cl6I2での高いPLQYにつながっていると考えられる。

今後の展開

本研究では、近年開発が進むハロゲン系発光体について、高い発光効率と耐久性を実現する要因を明らかにすることができた。今後はこの指針に基づき、赤色や緑色発光体についても新たに探索を行い、低コストかつ省エネの白色光を実現することを目指す。

付記

本成果は、以下の事業・研究課題によって得られました。
文部科学省 元素戦略プロジェクト<拠点形成型>

研究課題名 :
「東工大元素戦略拠点」
代表研究者 :
東京工業大学 元素戦略研究センター センター長 細野 秀雄
PM :
元素戦略研究センター 雲見日出也 特任教授
研究実施場所 :
東京工業大学
研究開発期間 :
2013年7月~2022年3月

用語説明

[用語1] PLQY : 蛍光量子効率(Photoluminescence Quantum Yield)。吸収した光子の数のうち放出された光子の数の割合。

[用語2] 量子サイズ効果 : 粒径が数nm程度まで小さくなると、電子がその領域に閉じ込められること。また、状態密度が離散化しバンドギャップが大きくなる。したがって、粒径を調整することでバンドギャップを変調し、さまざまな波長の発光を可能にする。

[用語3] 複合アニオン化合物 : 2種以上のアニオンを含む化合物。

[用語4] 自己束縛励起子 : 励起子—格子相互作用により、結晶格子が大きく歪んだ状態で励起子が特定の場所に局在していること。

参考文献

[1] T. Jun, K. Sim, S. Iimura, M. Sasase, H. Kamioka, J. Kim, H. Hosono, Adv. Mater. 30, 1804547 (2018).

[2] T. Jun, T. Handa, K. Sim, S. Iimura, M. Sasase, J. Kim, Y. Kanemitsu, H. Hosono, APL Mater. 7, 111113 (2019).

[3] K. Sim, T. Jun, J. Bang, H. Kamioka, J. Kim, H. Hiramatsu, H. Hosono, Appl. Phys. Rev. 6, 031402 (2019).

論文情報

掲載誌 :
Advanced Materials
論文タイトル :
A Highly Efficient and Stable Blue-Emitting Cs5Cu3Cl6I2 with a 1D Chain Structure
(高効率かつ高い安定性の1次元構造の青色発光体、Cs5Cu3Cl6I2
著者 :
Jiangwei Li, Takeshi Inoshita, Tianping Ying, Atsushi Ooishi, Junghwan Kim*, Hideo Hosono*
(大石氏の所属は三菱ケミカル、他は東工大)
DOI :

お問い合わせ先

研究に関すること

東京工業大学 元素戦略研究センター

助教 金正煥(Junghwan Kim)

E-mail : JH.KIM@mces.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5197

東京工業大学 元素戦略研究センター

栄誉教授 細野秀雄

E-mail : hosono@mces.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5009

取材申し込み先

東京工業大学 総務部 広報課

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661


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