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“動くDNA”による哺乳類の乳腺進化メカニズムを発見 レトロトランスポゾンが遺伝子制御の根源配列を増幅

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要点

  • 乳腺形成に関わる遺伝子発現の制御配列の多くが“動くDNA”から生じた
  • レトロトランスポゾンが哺乳類の進化過程でエンハンサーの根源配列を増幅
  • 乳腺の形成機構の進化の解明に向けて飛躍的に前進

概要

東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系の西原秀典助教は哺乳類の乳腺[用語1]形成に関わるゲノム配列の一部が“動くDNA”とも呼ばれる転移因子[用語2](トランスポゾン)によって生じたことを明らかにした(図1)。特にレトロトランスポゾン[用語3]とよばれるコピー配列を増幅させる転移因子によって遺伝子発現のオン/オフを決定するエンハンサー[用語4]の根源配列が段階的に増幅してきたことを突き止めた。

この結果は哺乳類の乳腺形成の遺伝子制御機構がいつどのように成立してきたのかを初めて解き明かすものである。このような大規模な制御機構の獲得は従来、考えられているような単純な塩基置換の蓄積だけでは説明できず、レトロトランスポゾンによるダイナミックなゲノム配列の改変が進化の重要な促進剤になったと考えられる。

この研究成果は10月23日付で英科学誌「Nucleic Acids Research」オンライン版に掲載された。

レトロトランスポゾンによる乳腺形成遺伝子のエンハンサー進化のモデル

図1. レトロトランスポゾンによる乳腺形成遺伝子のエンハンサー進化のモデル

研究の背景

乳腺は哺乳類特有の組織であり、仔に与えるミルクをつくる。乳腺の形成に関わる遺伝子の機能は徐々に明らかにされつつあるが、その遺伝子の発現を制御するメカニズムが哺乳類でどのように進化してきたのかはほとんど明らかになっていなかった。

乳腺の初期形成ではERα、FoxA1、GATA3、AP2γといった転写活性化因子[用語5] が様々な遺伝子のエンハンサーやプロモーターに結合し、乳腺形成に必要な遺伝子を発現する。哺乳類でこうしたメカニズムが進化する過程では、これらの転写活性化因子が結合する発現制御配列が大規模に獲得されてきたと考えられる。

そこで、その発現制御配列の起源を調べることにより、乳腺形成の分子機構がいつどのようなプロセスを経て獲得されてきたのかを辿(たど)ることにした。特にゲノム中で大量に存在する転移因子がその進化の鍵を握っているのではないかと考えた。

転移因子は“動くDNA”とも呼ばれ、ヒトゲノムの半分を占めている。中でも特にレトロトランスポゾンと呼ばれる種類は、そのコピー配列をゲノム中の様々な場所に挿入させる(コピー&ペースト型)。一般的に転移因子はゲノムに寄生する利己的DNAであり、個体の生存において役に立たないものと考えられている。しかし本研究では大量に増幅したレトロトランスポゾンがエンハンサー配列の根源となり、哺乳類の乳腺進化に関与したことを初めて明らかにした。

研究成果

本研究ではヒトゲノムにおける4種類の転写活性化因子(ERα、FoxA1、GATA3、AP2γ)の結合配列と転移因子との位置関係を解析した。その結果、全結合配列のうち約3分の1が転移因子によって生じたことを発見した。それらはエンハンサー特有のヒストン修飾[用語6]を受けており、しかも多くが進化的に保存された配列であった。この結果から、少なくとも数千の転移因子配列がエンハンサーとして機能していると考えられる。またそれらは乳腺形成の関連遺伝子の近傍に高密度で存在していた。 もしレトロトランスポゾンが結合配列の増大を引き起こしたのであれば(図1)その結合位置の多くはレトロトランスポゾン内部の特定の場所に由来するはずである。調べてみると実際に42種類のレトロトランスポゾンの内部で結合位置の極端な偏りが見られ、そのDNA配列も高度に保存されていた(図2)。

3種類のレトロトランスポゾン上における転写活性化因子の結合位置の分布。結合位置が極端に偏った領域ではモチーフが保存されている。こうした結合位置の偏在は42種類のレトロトランスポゾンで見られた。
図2.
3種類のレトロトランスポゾン上における転写活性化因子の結合位置の分布。結合位置が極端に偏った領域ではモチーフが保存されている。こうした結合位置の偏在は42種類のレトロトランスポゾンで見られた。

例えばその中の一つの配列は乳腺形成に必須なIgf1遺伝子[用語7]の近傍に位置しており、マウスの乳腺組織でもERαが結合している。この配列の機能を調べると真獣類[用語8]の共通祖先で獲得されたエンハンサー活性を持つことが分かった。この結果からレトロトランスポゾンが結合配列の根源を拡散増幅し、それを元にエンハンサーが進化したことが明らかになった。

また、これらのレトロトランスポゾンがどの時期に増幅したのかを解析した。その結果、ヒトゲノムでエンハンサー機能を持つレトロトランスポゾンのうち半数以上が白亜紀前期に真獣類の祖先において増幅したことが明らかになった(図3左)。さらに古第三紀には真猿類[用語9]内在性レトロウイルス[用語10]が活発に増幅し、さらなるエンハンサーの増加を引き起こしていた。このように二段階のレトロトランスポゾンの増幅がエンハンサーの獲得に大きく寄与したことを初めて明らかにした。

さらに、マウスの乳腺組織におけるERαの結合配列の由来も解析した。その結果、ヒトゲノムと同様にマウスの結合配列の一部もレトロトランスポゾンによって生じていたことを発見した。その起源を調べると、霊長類のレトロトランスポゾンで見られたように白亜紀前期の真獣類の祖先で増幅していた。

また興味深いことに、古第三紀のネズミ科の祖先においても内在性レトロウイルスによって結合配列の増幅が起きていた。このように霊長類と齧歯類(げっしるい)で独立に二段階にわたるエンハンサーの根源配列の増幅が起こっていることを突き止めた(図3右)。

結合配列を生み出したレトロトランスポゾンの獲得時期。霊長類(左)および齧歯類(右)のいずれの系統でも二段階の獲得時期があった。
図3.
結合配列を生み出したレトロトランスポゾンの獲得時期。霊長類(左)および齧歯類(右)のいずれの系統でも二段階の獲得時期があった。

今後の展開

乳腺に関わる遺伝子制御配列の進化ではレトロトランスポゾンの増幅が多大な影響を及ぼしていた。このことは、従来考えられているような単純な塩基置換の蓄積だけでは大規模な遺伝子制御機構の成立が十分に説明できないことを意味している。

今後は個々のエンハンサーが各遺伝子の発現に対してどのような役割を担っているのかを詳細に解き明かす必要がある。一方、乳腺のみならず、こうしたレトロトランスポゾンによるエンハンサーの進化は哺乳類の様々な組織で起こってきたはずである。それらを解き明かすことで、哺乳類が持つ組織形態の分子進化メカニズムの全容解明に大きく繋がると期待される。

謝辞

本研究は主に日本学術振興会科学研究費補助金および内藤記念科学振興財団の支援を受けて行われました。

用語説明

[用語1] 乳腺 : 哺乳類が仔に与える乳汁を産生する組織。乳腺の初期形成ではホルモンの一種であるエストロゲンの作用によって増殖し、エストロゲン受容体であるERαが転写活性化因子として働く。乳腺はすべての哺乳類が持つが、その組織形態は生物群ごとに少しずつ異なる。

[用語2] 転移因子 : ゲノム上で自身の配列もしくはそのコピー配列を移動させることのできるDNA配列。“動くDNA”とも呼ばれる。ヒトゲノムの約半分が転移因子で占められている。レトロトランスポゾン(コピー&ペースト型)とDNAトランスポゾン(カット&ペースト型)の2種類がある。

[用語3] レトロトランスポゾン : 転移因子の一種。転写と逆転写を介して自身のコピー配列をゲノム中で増幅させる(コピー&ペースト型)。レトロトランスポゾンには、SINE、LINE、LTR型レトロトランスポゾンが含まれる。

[用語4] エンハンサー : 遺伝子発現を制御するDNA配列。エンハンサーの活性化/不活性化によって、遺伝子発現の時期・組織・量が決定される。一つの遺伝子につき複数のエンハンサーが協調的に働く場合が多い。

[用語5] 転写活性化因子 : 遺伝子のプロモーターやエンハンサーに結合し、その遺伝子の発現を活性化させるタンパク質。

[用語6] ヒストン修飾 : 真核生物のゲノムDNAはヒストンと呼ばれるタンパク質に巻き付いて折りたたまれている。ヒストンタンパク質がメチル化やアセチル化などの修飾を受けることは遺伝子発現の制御に関与している。

[用語7] Igf1遺伝子 : インスリン様成長因子。体内の様々な細胞の増殖と成長に関わるホルモンとして機能する。Igf1が欠損したマウスでは乳腺の分枝形成に異常が起こることが知られている。

[用語8] 真獣類 : 哺乳類のうち単孔類と有袋類を除いた大きな分類群。現生の真獣類は完全な胎盤を持ち母体内の子宮内で胎児を育てることから有胎盤類とも呼ばれる。霊長類や齧歯類も真獣類に含まれる。

[用語9] 真猿類 : 霊長類の1グループ。ヒト上科(ヒト、チンパンジーなど)、旧世界ザル(ニホンザルなど)、新世界ザル(マーモセットなど)を含む。

[用語10] 内在性レトロウイルス : 転移因子の一種で、ゲノムに組み込まれたRNAウイルス様配列。他のレトロトランスポゾンと同様にゲノム中でコピー配列を増幅させることができる。

論文情報

掲載誌 :
Nucleic Acids Research
論文タイトル :
Retrotransposons spread potential cis-regulatory elements during mammary gland evolution
著者 :
Hidenori Nishihara
DOI :
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お問い合わせ先

東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系

助教 西原秀典

E-mail : hnishiha@bio.titech.ac.jp
Tel : 045-924-5742

取材申し込み先

東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門

E-mail : media@jim.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-2975 / Fax : 03-5734-3661


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