Nature Electronics誌にはReverse Engineeringというコラムが毎号掲載されてます。実用化されて世の中に普及した電子デバイスを一つずつ取り上げ、なぜ、どのように開発されたかを主な発明者本人が解説する話題のページです。これまでDRAM、DVD、CD、リチウム2次電池などが紹介されてきました。東京工業大学 科学技術創成研究院の細野秀雄教授(元素戦略研究センター長)が執筆した IGZO-薄膜トランジスタ(TFT)の開発についてのコラムが同誌2018年7月号に掲載されたので、ご紹介します。
インジウム(In)、ガリウム(Ga)、亜鉛(Zn)を含む酸化物(IGZO、通称イグゾー)を使った薄膜トランジスタ(TFT)は、これまでにない高解像・省電力のディスプレイを実現しました。従来、独占的に使われてきた水素化アモルファスシリコンよりも電子の動きやすさ(移動度)が一桁大きく、オフ電流が極めて小さく、しかも、透明で光を通すためです。すでにスマホやタブレットなどの液晶画面の駆動に応用されてきました。本命と考えられていた大型の有機ELテレビの駆動にも3年前、採用されました。韓国と日本の電気メーカーから製品が発売され、テレビ売り場の中央に置かれているように、市場が急速に広がりつつあります。
遷移金属の酸化物が電子伝導性を示すことは古くから知られていましたが、電界による電流の変調はできませんでした。1960年代になると酸化亜鉛、酸化スズ、酸化インジウムがTFT構造をつくると電流の変調が可能なことが報告されました。ただ、性能が悪く、その後は2000年くらいまで、酸化物TFTの研究は殆ど報告されませんでした。2000年代に入り酸化物を電子材料として見直す「酸化物エレクトニクス」という分野が立ち上がりました。東京工業大学の応用セラミックス研究所(現 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所)はそのメッカです。その中で酸化亜鉛のTFTが世界中で研究されるようになりました。しかし、薄膜が多結晶だったので、特性や安定性などに問題があり実用化に至りませんでした。
CPUと異なり、ディスプレイへの応用にはアモルファスのように大面積の基板上に均質な薄膜が形成でき、しかもその薄膜に電界をかけると低い電圧で電流が飛躍的に増大することが必要です。ところが、均質な薄膜形成には、アモルファスが最適であっても、構造の乱れに起因する高濃度の欠陥などが生成するために、電界によって電流の変調ができないのが一般的でした。唯一の例外は1975年に報告された水素を多量に含んだアモルファスシリコンです。そのTFTは液晶ディスプレイの駆動に応用され、10兆円規模の巨大産業にまで成長しました。しかしながら、その移動度は結晶シリコンより2 - 3桁も低下してしまい、0.5 - 1 cm2/Vsにとどまってしまいます。このように、アモルファス半導体は作りやすいが、電子物性は格段に低下してしまうと捉えられていたのです。
細野秀雄教授が注目したのは、イオン結合性が強い酸化物で、周期律表上のpブロックに属する非遷移金属イオンから構成される系でした。これらの物質系では電子の導電路となる伝導体の底が、金属イオンの空間的に広がった球対称のs軌道から主に構成されます。そのため、電子の動きやすさを決めているその軌道同士の重なりの大きさが結合角によってあまり敏感に変化しないので、アモルファスでも結晶とあまり遜色がない移動度が実現できるのではないかと考えたのです。その発想に従い実験を行い、幾つかの実例を見出すことができました。そして、1995年の第16回アモルファス半導体国際会議でこれらの考えと実例を発表しました(そのプロシーディング論文は翌年に掲載)。この仮説を実験と計算によって実証後、TFTの試作を開始しました。仮説を満たす元素の組み合わせは多数、存在します。その中で、IGZOを選択したのは、容易に作製できる安定な結晶相が存在し、かつ局所構造が特異的でキャリアの生成が抑制できると考えられたからでした。2003年には結晶のエピタキシャル薄膜で移動度~80 cm2/Vsが得られることをScience誌に報告しました。翌年にはアモルファス薄膜でも~10 cm2/Vsという移動度が得られることをNature誌に掲載しました。
国際情報ディスプレイ学会(SID)やアモルファス半導体国際会議などアモルファス酸化物半導体とそのTFTの研究は、この論文以降急速に世界中で立ち上がりました。その活況は現在も続いており、2つの論文は既に他の論文にそれぞれ2,000回と5,000回を超える引用がなされています。また、他の特許にもあわせて引用が9,000回を超えています。実際にこれらのTFTを実装したディスプレイは2012年ごろから製品の一般販売が開始されました。特に2015年ごろから利用が始まった大型有機ELテレビは、アモルファスIGZO-TFTの大きな移動度と大面積で均質な薄膜が容易に形成できるという特徴を活かすことで初めて実現した製品です。実物の一つは、東工大の元素戦略研究センター(S8棟)1Fとフロンティア材料研究所(R3高層棟)玄関に置かれています。今後は高精細な大型液晶テレビへも応用が開始されるようです。
本研究成果は、科学技術振興機構(JST)のERATO「透明電子活性プロジェクト」(1999 - 2004)で得られたものです。関連する知財は日本、米国、欧州、韓国、中国、台湾、インドなど多くの国で成立しており、主な特許権者であるJSTがライセンスの許諾を行っています。
論文情報
掲載誌 : |
Nature Electronics 1巻、7月号 |
タイトル : |
How we made the IGZO transistor |
著者 : |
Hideo Hosono |
DOI : |
|
IGZO-TFTの原著論文 : |
K.Nomura, H.Ohta, K.Ueda, T.Kamiya, M.Hirano, H.Hosono, Thin-film transistor fabricated in single-crystalline transparent oxide semiconductor. Science, 300, 1269 (2003). K.Nomura, H.Ohta, A.Takagi, T.Kamiya, M.Hirano, H.Hosono, Room-temperature fabrication of transparent flexible thin-film transistors using amorphous oxide semiconductors. Nature, 432, 488 (2004). |
総説 : |
H.Hosono, Ionic amorphous oxide semiconductors: Material design, carrier transport, and device application, J.Non-Crystalline Solids,352,851 (2006) T.Kamiya, H.Hosono, Material characteristics and applications of transparent amorphous oxide semiconductors, NPG Asia Materials,2,15 (2010) |
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