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原子分解能を有する結晶スポンジ法に利用できる新たな金属有機構造体(MOF)の開発に成功 創薬等に応用可能な汎用性が高く迅速な精密分子構造解析に期待

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要点

  • 分子の構造解析技術である結晶スポンジ法に利用できる新たな金属有機構造体(Metal-Organic Framework; MOF)を開発
  • MOFの細孔内の水がさまざまなゲスト分子をしなやかに捉える「ゲスト適合型水ネットワーク」機構を発見
  • 創薬等に応用可能な原子分解能を有する汎用性が高く迅速な精密分子構造解析に期待

概要

東京工業大学 理学院 化学系の河野正規教授と和田雄貴助教らの研究チームは、分子の構造解析技術である結晶スポンジ法に利用できる新たな細孔性材料の金属有機構造体(Metal-Organic Framework; MOF)[用語1]を開発した。

研究推進においてさまざまな最新技術を活用しうる現代でも、分子の構造決定は、研究のボトルネック[用語2]となることが多く、研究の進展を決める重要な段階の一つとなっている。例えば、創薬では副作用が少なく強い薬効を持つ分子が重要となるが、そのような分子は生体の分子認識能に応じた複雑な構造を持ち、かつ、生産量も微量であることが多く、少量でも正確に構造決定ができる構造解析法[用語3]が求められている。

構造解析法の一つである結晶スポンジ法は、ノーベル賞候補技術としても知られており、ナノメートルサイズの規則的な細孔(MOF等)の中に構造解析対象分子(ゲスト分子)を規則的に包接[用語4]・整列させることで、周期性を利用したX線回折による解析を可能とする手法である。しかし、これまでに主に使用されてきたMOFを利用した結晶スポンジ法では、細孔内への取り込み機構の制約により、解析対象となるゲスト分子が限定されるなど、汎用性に課題を抱えていた。

今回、研究チームは、新たに開発したMOFにおいて、その細孔内に存在する水がしなやかに形を変えることで構造解析対象であるゲスト分子の形状や性質に適合し柔軟に捕捉する「ゲスト適合型水ネットワーク」機構を発見した。この機構により、これまで取り込み機構の制約により解析できなかったようなゲスト分子においても、細孔内に円滑に取り込み、原子分解能[用語5]を有する精密な分子構造解析が可能となった。

今回発見したMOFによる結晶スポンジ法によって、創薬をはじめとした材料科学全般において分子の構造決定を従来よりも迅速に行うことが可能になると期待される。この研究成果は、2024年1月2日付「Nature Communications」にオンライン掲載された。

背景

結晶スポンジ法は2013年に東京大学の藤田誠卓越教授らの研究グループにより報告された新しい概念の構造解析法であり、構造解析対象分子の結晶化[用語6]が不要であることが大きな特徴である。この手法は周期的な細孔の中に構造解析対象分子(ゲスト分子)を規則的に包接・整列させ、周期性を利用した単結晶X線回折により分子の構造解析を行う手法である。気体、液体、固体などの対象物質の状態を問わず、理論上ナノグラムオーダー以下の少量のサンプルで分析が可能であるため、創薬業界や香料業界などから注目されている。結晶スポンジ法においてゲスト分子を包接するMOFは非常に重要であるが、これまでに主に使用されてきたMOFは構造の物理的・化学的安定性、細孔内の性質、細孔の大きさなどにより解析対象となるゲスト分子が制限されていた。特に細孔環境が疎水的であったため、親水的な分子との相性が悪いなどの問題があった。約70%が水分により構成されている人体にとっては親水的な分子は医薬品として相性が良いが、上述の通り、これまでのMOFでは創薬目的での解析利用に制限があった。また、構造解析における分解能にも課題が多くMOFとゲスト分子の相性が悪く、結晶学的解析のみでは構造の断定が困難なことがあった。

研究成果

今回研究グループが開発したMOFの細孔表面には水が存在し、その水がゲスト分子の形状や性質に合わせてしなやかに適合することにより、ゲスト分子を柔軟に捉えることが可能で、疎水的な分子だけでこれまで課題であった親水的な分子の構造解析にも成功した。MOFまたはMOF細孔内の水が、指向性が高く強い結合である水素結合や配位結合によりゲスト分子を捕捉し、原子の位置が正確に判定できる原子分解能の解析が可能となった。これにより、これまでに結晶構造が未報告である3つの天然物部分構造分子を含む14種類もの生物活性物質を構造解析することに成功した。さらに、MOF自体の物理的・化学的な構造安定性も非常に高く、極性溶媒にも年単位の長期保管が可能で、結晶の耐久性も優れていため実用化を視野に入れられる水準であった。

図1 ゲスト適合型水ネットワークの概念図

図1. ゲスト適合型水ネットワークの概念図

図2 研究グループが開発したMOFを用いて解析されたゲスト分子と解析されたその電子密度マップの一覧。aは市販医薬品であり、bは結晶構造が未報告の天然物部分構造である。

図2. 研究グループが開発したMOFを用いて解析されたゲスト分子と解析されたその電子密度マップの一覧。aは市販医薬品であり、bは結晶構造が未報告の天然物部分構造である。

社会的インパクト

分子とはその性質を示す最小の単位であり、その構造や周辺分子との相互作用を知ることで、分子がなぜ機能を発現するかを理解することができる。そのため、材料科学において分子の構造を明らかにすることは、その性質改良をする上で必要不可欠であるが、同時に研究遂行上ボトルネックとなる段階である。ボトルネックを突破し、構造と機能の相関を解明することで、より良い材料の開発に関する知見が集まり、機能の改良が効率的に行えるようになる。例えば、創薬分野での新規治療薬候補分子の構造解析に今回のMOFによる結晶スポンジ法を適用することで研究の迅速化が期待できるなど、本技術により材料科学全般の研究の進展を加速させることが可能になると考えられる。

今後の展開

今回の新しいMOFを用いて、構造解析が必要な高機能性分子の研究に広く貢献することが期待できる。現在、特に天然物化合物の解析を精力的に行い、創薬への貢献を目指している。また、今回の発見で得られた知見を活かして、さらに高機能性のMOF、例えば分子量が1,000 g mol-1を超える分子の包接が可能なMOFの開発も継続していく。なお、本MOFによる構造解析手法は、テクモフ株式会社(TEKMOF)を通じて広く研究・産業界に提供していくことを予定している(東工大発ベンチャー称号申請中)。

付記

本研究は、日本学術振興会 科学研究費助成事業(JP20H04662、JP21K18976、JP23H04878)、同 日中韓フォーサイト事業、JST次世代研究者挑戦的研究プログラム(JPMJSP2106)、科研費学術変革領域研究(A)「メゾヒエラルキーの物質科学」および旭化成ファーマの支援を受けて行われた。また、単結晶X線回折実験は、フォトンファクトリープログラム諮問委員会の承認(課題番号2021G046、2022G621)を得て、高エネルギー加速器研究機構(KEK)物質構造科学研究所の放射光実験施設PF-BL5Aにて行われた。

用語説明

[用語1] 金属有機構造体(Metal-Organic Framework; MOF) : 金属と有機配位子が相互に繰り返し結合しネットワーク構造をもつ細孔を有する材料。代表的な細孔体である活性炭やゼオライトを超える高表面積な細孔形成を実現でき、金属の活性サイトを形成/導入も可能なため、ガス吸着、分離、センサーや触媒など幅広い応用が期待されている材料。

[用語2] ボトルネック : 速度を制限している要因。

[用語3] 構造解析法 : 分子の構造を明らかにする方法であり、測定が容易で解析が困難な分光法と測定が難しく解析が容易な回折法に大別される。本研究では後者の回折法を用いた測定も解析も容易な手法の開発を目指したものである。

[用語4] 包接 : 一定の範囲の中に包み込むこと。本発表では特にMOF細孔内にゲスト分子が取り込ませることを意味している。

[用語5] 分解能 : 結晶構造解析においてその構造がどれほど細部まで分析できるかを判断する指標。分子分解能とは原子同士のつながりまで信頼性があり、分子の概形までしか判断できない。一方、原子分解能とは原子の位置にも信頼性があるため分子の結合長などの分子の物理的性質も議論することが可能である。信頼性が高い原子分解能のデータを取得するが結晶スポンジ法において重要である。

[用語6] 結晶化 : ある物質の液体、あるいは非晶質や溶液から結晶が形成されること。本発表では特に大きさが最低でも一辺10 μm以上である大きさの単結晶作成方法を意味している。使用する溶媒、温度、手法などで結晶化には多くの条件を検討し時間を要する場合がある。

論文情報

掲載誌 :
Nature communications
論文タイトル :
Atomic-resolution structure analysis inside an adaptable porous framework
著者 :
Yuki Wada, Pavel M Usov, Bun Chan, Makoto Mukaida, Ken Ohmori, Yoshio Ando, Haruhiko Fuwa, Hiroyoshi Ohtsu and Masaki Kawano
DOI :

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東京工業大学 理学院 化学系

教授 河野正規

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東京工業大学 総務部 広報課

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