要点
- 3級アミドを導入したL字型分子による超分子液晶の作製に成功
- 光・電子機能を有する有機π電子系分子の超分子液晶を大面積に塗布できる技術を開発
- 塗布型の有機半導体や固体発光材料への応用による簡便なデバイス作製など、新しい有機エレクトロニクスの開発に期待
概要
東京工業大学 物質理工学院 応用化学系の猿渡悠生大学院生と小西玄一准教授、大阪公立大学大学院工学研究科 物質化学生命系専攻の竹内雅人准教授らの研究チームは、光・電子機能を有する棒状の有機π電子系分子[用語1]に、カルボン酸とアミンの脱水縮合によって形成される「アミド結合」を導入することにより、100℃程度で液晶相が発現する超分子液晶[用語2]の作製に成功した。さらに、この超分子液晶を、その秩序構造を保持したまま大面積に塗布する技術も開発した。これまで、水素結合などの強い分子間の相互作用を用いた超分子液晶が知られていたが、このような水素結合性超分子液晶は結合に方向性があるため、得られる構造が限定的であった。そのため、近年では有機半導体[用語3]によるデバイス製作を指向して、より分子配列の自由度が高い液晶材料が求められてきた。
本研究チームは、棒状分子とアミド結合を組み合わせたL字型分子が液晶を形成することを発見した。構造解析を行ったところ、2つのL字型分子が二量体となり秩序構造を形成することが分かった。さらに、固体ではアミド結合の構造がシス型に固定されているが、液晶を示す温度以上ではアミド結合構造のシス-トランス異性化が起こることで柔軟性が付与され、液晶相が発現することが分かった。加えて、この分子は固体・液晶のいずれの状態でも二量体の性質に起因する強い蛍光を示し、かつ、大面積に塗布できる性質を有することも確認できた。この分子間の強い相関は、有機電界トランジスタなどにおいて重要な性質であり、この新たな超分子液晶を用いた簡便な電子デバイス開発など、新たな有機エレクトロニクスの開発につながるものと期待できる。
本研究成果は、凝集体の科学を扱う専門誌「アグリゲート(Aggregate、インパクトファクター18.8)」のオンライン版で1月23日(現地時間)に公開された。
背景
液晶とは、固体と液体の中間にある状態である。結晶のような分子の配列と液体のような流動性を兼ね備えていることから、液晶状態で、分子を簡単に大面積で規則性をもって配列させることが可能である。このような特徴から、シェークスピアの戯曲になぞらえて、液晶は、分子の「じゃじゃ馬ならし」と呼ばれることもある。
液晶材料は生活の中で幅広く利用されており、液晶ディスプレイや光学フィルムなど、「光を操る技術」「電場や磁場による刺激応答性」といった液晶固有の機能を活かした用途が知られている。液晶のもう1つの重要な用途として「高分子加工」がある。たとえば、防弾チョッキや航空機備品に使われるアラミド樹脂は、液晶状態で高分子を配列させた状態で紡糸することにより、同じ重量の鋼鉄の5倍の強度を実現している。近年、この液晶の分子を配列させる技術が、有機半導体開発において、実用的な電子デバイス製作の切り札として期待を集めている。
しかし、液晶や結晶の構造はさまざまな熱力学的なパラメーターに支配されており、分子設計の段階でその構造を予測することが難しく、欲しい物性・機能を得るために必要な分子の配列は「試してみないと分からない」ことがボトルネックとなっていた。その打開策の1つとして、あらかじめ2つ以上の分子を会合させて(超分子)、そのブロックから液晶構造(秩序構造)を構築する「超分子液晶」の利用が行われてきた。ただし、過去に報告されている超分子液晶の多くは、水素結合のような強い相互作用と結合の方向性を持つものに限られており、構造の多様性が十分とは言えなかった。そこで、非水素結合系の新しい超分子による「超分子液晶」の開発の重要性が指摘されるようになってきた。
研究成果
研究グループは、超分子液晶の新しい可能性を探るために、これまで棒状液晶に利用されることの少なかった極性官能基を探索し、極性官能基が示す分子間相互作用を利用した秩序構造の形成と液晶性の発現を目指した。その中で、電子吸引性によりπ電子系分子に光・電子機能を付与することができ、シス型、トランス型の異なるコンフォメーションを持つ3級アミド(図1)に着目した。そして、さまざまな長さの棒状の分子骨格の末端に3級アミドを導入したL字形状の分子を合成し、フェニルトラン骨格を有するPTA-group(図1)が、秩序性の高い液晶(スメクチックB相)を示すことを発見した。
得られた液晶の構造解析を行ったところ、液晶の広角X線回折測定と単結晶のX線構造解析から、固体状態から液体状態でL字型分子が共有結合を介さずに超分子的に二量体(2分子で会合したユニット)を形成し、それらが六方晶状に配列していることが分かった。しかし、液晶と結晶ではユニット間の距離や六方晶の長軸の長さに違いが見られた。そこで温度可変赤外分光法を用いてアミド結合を観察したところ、固体状態ではシス型であるが、液晶状態ではシス型とトランス型が共存しており、シス-トランス異性化が常時起こっていることが分かった。これらの結果と量子化学計算から、L字型分子の二量体が秩序構造(結晶形)を構築し、アミド結合がシス-トランス異性化を起すことで系全体に運動性を付与して液晶性を発現することが明らかとなった。(図2)
最後にPTA-groupの物性や機能を探索した。一般にπ電子系分子の蛍光発光において、分子がスタックすると蛍光強度が大きく減少する場合が多いが、PTA-groupの二量体とその集合体は、消光を起さず高い量子収率(54%)を示した。この結果は、π電子系分子の固体発光材料や電子材料への応用を期待させるものである。また、PTA-groupの1つはネマチック相を発現し、高い複屈折率(Δn = 0.30)を示した。このような高複屈折材料としての特徴を持つPTA-groupは、光学フィルムとして有用であると考えられる。
社会的インパクト
本研究では、棒状分子に3級アミドを加えてL字状に結合させることにより、光・電子機能を有する棒状有機π電子分子を作製し、その機能を維持した状態でマクロスケールに配列させる新しい手法の開発に成功した。しかし、依然として有機結晶や液晶の配列を分子設計の段階で予測することは困難であり、欲しい物性・機能を示す分子集合体の設計にはまだ道半ばである。今回の非水素結合系の超分子液晶のように液晶の多様性を拡張することは、有機エレクトロニクスの実装に向けて重要である。
今後の展開
研究グループでは、3級アミドの特性を生かした超分子液晶を基盤として、さまざまなπ電子系分子を用いた機能開発を行うとともに、より高次な構造の構築や新しい超分子液晶のシステムを追究していく。
付記
質量分析の測定は、オープンファシリティセンター分析部門すずかけ台の小泉公人氏に依頼した。研究室から独立した機関で測定することにより、データの客観性を保証することを目的としている。
本成果は、文部科学省科学研究費助成事業(23H02036)および新学術領域研究(研究領域提案型「π造形科学」(17H05145)、科学技術振興機構さきがけ「元素戦略」(JPMJPR1096)および泉科学技術振興財団の支援によるものである。
用語説明
[用語1] 有機π電子系分子 : π電子による共役が拡がることにより光・電子機能を示す機能分子である。芳香族化合物や炭素-炭素の多重結合を有するものが多い。
[用語2] 超分子液晶 : 小な分子コンポーネントから、水素結合などの非共有結合による相互作用を使って、より大きな明確な構造を形成して液晶性を発現するもの。
[用語3] 有機半導体 : 半導体の性質を示す有機分子化合物のこと。白川英樹博士の開発したポリアセチレンも有機半導体であり、ドーピングにより電気が流れる。
論文情報
掲載誌 : |
Aggregate(アグリゲート) |
論文タイトル : |
Supramolecular liquid crystals from the dimer of L-shaped molecules with tertiary amide end groups (和訳:3級アミドを末端に持つL型分子のダイマーから得られる超分子液晶) |
著者 : |
Yuki Sawatari1, Yoshimichi Shimomura1, Masato Takeuchi2, Riki Iwai1, Takuya Tanaka1, Eiji Tsurumaki3, Masatoshi Tokita1,4, Junji Watanabe1,4, Gen-ichi Konishi1,4,* (猿渡悠生1, 下村祥通1, 竹内雅人2, 岩井梨輝1, 田中拓哉1, 鶴巻英治3, 戸木田雅利1,4, 渡辺順次1,4, 小西玄一1,4,*) |
所属 : |
1東京工業大学 物質理工学院 応用化学系、2大阪公立大学大学院 工学研究科 物質化学生命系、3東京工業大学 理学院 化学系、4東京工業大学 工学部 高分子工学科(研究当時) |
DOI : |
10.1002/agt2.507 オープンアクセス記事。無料で閲覧可能。 |
- プレスリリース アミドの導入による非水素結合系「超分子液晶」の作製に成功 —大面積に塗布可能な新規超分子液晶による有機エレクトロニクスの開発に期待—
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- 小西研究室
- 小西玄一研究室|物質理工学院 研究室検索サイト
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