要点
- ニホンウズラを使って性分化に働く遺伝子群の発現プロファイリングを実施。
- 性分化に働く遺伝子には共通した発現パターンがあることを発見。
- 未解明な点が多い鳥類の性分化研究の進展と家禽産業への応用に貢献。
概要
北海道大学 大学院理学研究院の黒岩麻里教授らの研究グループは、東京工業大学 生命理工学院 生命理工学系の伊藤武彦教授と奥野未来研究員、東京大学の研究グループと共同で、ニホンウズラ(以下、ウズラ)の性分化に働く遺伝子群の発現プロファイリングを行った結果、性分化に働く遺伝子には共通した発現パターンがあることを発見しました。
鳥類の性決定・性分化には未解明な点が多く残されており、特に遺伝子研究は大きく遅れを取っていますが、その理由の1つに鳥類のモデル動物としてニワトリを使用している点が挙げられます。 ニワトリは体が大きいため飼育スペースを取る上、性成熟を迎えるのに長い時間を要するため、次の世代の獲得だけでなく研究にも長い時間を要します。
研究グループは、この問題を克服するためにニワトリよりも小型で性成熟が早いウズラ(ニワトリと同じキジ目)を取り入れた研究を開始しました。研究にあたっては、ウズラの生殖腺(精巣または卵巣になる元の器官)を性決定時期、性決定直後、性分化後の3つの発生段階に分けて採取した後、発現している遺伝子のメッセンジャーRNAを網羅的に解読したデータを発生段階と雌雄で比較し、プロファイリングしました。既に知られているオス分化(精巣分化)遺伝子やメス分化(卵巣分化)遺伝子についてプロファイリング結果を確認したところ、性分化に働く遺伝子は共通した発現パターンを示すことがわかりました。加えて、ウズラは鳥類の性分化研究に大変有用であることが示されました。
本研究成果によって鳥類の性分化研究の進展及び新しい知見が得られることで、家禽産業への応用への貢献が期待されます。また、ヒトでは遺伝的な性と生殖器官などの身体の性が一致しない性分化疾患が知られており、その原因として性分化に働く遺伝子の関与が考えられていますが、性分化に 働く遺伝子が全て見つかっているわけではないため、未知の遺伝子の発見への貢献も期待されます。
なお、本研究成果は、日本時間2020年11月30日(月)午後7時(英国時間 同日午前10時)公開のScientific Reports誌に掲載されました。
背景
ヒトを含む哺乳類は、性染色体の組み合わせがXXで女性(メス)、XYで男性(オス)となります。一方で、鳥類はZとW染色体をもち、ZZでオス、ZWでメスとなり、哺乳類とは異なる性決定の仕組みをもちます。しかし、鳥類の性決定・性分化には不明な点が多く残されており、哺乳類に比べて鳥類の研究はおよそ30年も遅れを取っていると言われています。鳥類で研究が遅れている理由はいくつかあり、その1つに遺伝子の機能解析の困難さがあります。遺伝子の機能を解析するには、遺伝子導入[用語1]やゲノム編集[用語2]といった実験が大変有効ですが、鳥類ではこれらの実験が非常に困難です。その理由として、受精卵を採取後、卵殻で培養・発生させるのに高度な技術と経験が必要であること、多精受精[用語3]のため顕微授精が困難であること、利用可能なES細胞[用語4]が樹立されていないことが挙げられます。また、鳥類の研究にはニワトリを用いることがほとんどですが、ニワトリは成長して産卵するまでに平均150~160日ほど要するため、次の世代の獲得だけでなく研究にも長い時間を要してしまいます。
研究グループは、これらの問題を克服するためニワトリよりも小型で飼育スペースを取らず、性成熟の早いウズラを研究材料として鳥類の性決定・性分化研究を開始し、ウズラの性分化に働く遺伝子群の発現プロファイリングを東京工業大学、東京大学の研究グループと共同で行いました。
研究手法
研究グループは、ウズラの生殖腺(精巣または卵巣となる元の器官)を性決定時期(孵卵開始5.5日目、図1ではHH[用語5]27)、性決定直後(6.5日目、HH31)、性分化後(9.5日目、HH38)の3つの発生段階に分けて採取しました。その後、それぞれからメッセンジャーRNAを抽出し、RNA-seq解析[用語6]とよばれる転写産物を網羅的に解読する実験を行った後、得られたデータを各発生段階間及び雌雄間で比較してプロファイリングし、4,815種類の遺伝子の発現パターンを9つのグループに分けました(図1・表1)。また、既に知られている精巣分化に働く遺伝子、卵巣分化に働く遺伝子、精巣と卵巣の両方の分化に働く遺伝子(計7種類)がどのグループに分類されるかを調べました。さらに、これら7種類の遺伝子がウズラでどのように発現するかを詳細に調べ、ニワトリで報告されているこれらの遺伝子の発現様式と比較しました。
研究成果
発現プロファイリングの結果、7種類の既知の性分化遺伝子のほとんどが、クラスター2(性決定時期に発現が増加し、性決定後はその発現レベルを維持するパターン(図1・表1))に分類されました。つまり、性分化に働く遺伝子は共通した発現パターンを取るということが明らかになりました。クラスター2に分類された遺伝子は、メスで発現している遺伝子で495種類、オスで発現している遺伝子で310種類あり、これらの遺伝機能を予想する遺伝子オントロジー(GO(gene ontology))解析[用語7]を行った結果、発生や生殖に働く遺伝子が多く含まれていることがわかりました。また、7種類の既知の性分化遺伝子のウズラにおける発現様式は、ニワトリで報告されている発現様式とほぼ同じであることがわかりました。これは、ニワトリの代わりにウズラを用いても、十分な性分化研究が行えることを示しています。
今後への期待
ニワトリは世界的にも広く利用されている経済動物です。卵を産むのはメスであり、体が大きく発達するオスから肉を得るのが効率がよいと考えられますが、その雌雄がどのように決定されるのかという基礎情報が不足しています。本研究成果は、鳥類の性分化研究の際にニワトリの代わりにウズラを用いることが可能であることを示し、研究を大きく進展させる道を拓くものです。また、性分化研究の基礎を築くだけでなく新しい知見を得ることで家禽産業への応用にもつながります。さらに、性分化に働く遺伝子は共通の発現パターンを取ることを明らかにしました。
今後、同様の発現パターンを示す遺伝子に着目し研究を行うことで、未だ知られていないヒトの性分化疾患の原因遺伝子の発見への応用にも期待されます。
謝辞
本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業「新学術領域研究『学術研究支援基盤形成』」の「先進ゲノム解析研究推進プラットフォーム『先進ゲノム支援』」(16H06279)及び日本学術振興会科学研究費補助金・挑戦的芽研究(萌芽)(課題名:鳥類の性決定にはたらくnon-coding RNAの解析、代表者:黒岩麻里、研究分担者:水島秀成)(18K19317)の支援を受けて行われました。
用語説明
[用語1] 遺伝子導入 : 細胞内に特定の遺伝子DNAを人為的に入れて、新しい遺伝的な特徴を持つ細胞やその細胞に基づく個体を作製すること。
[用語2] ゲノム編集 : 人工のDNA切断システムを利用して思い通りに標的遺伝子を改変する技術のこと。
[用語3] 多精受精 : 受精の際に複数の精子が卵子に侵入すること。ヒトでは卵子に侵入できる精子は1つのみ(単精受精)だが、鳥類では1つの卵子に数十もの精子が侵入する。
[用語4] ES細胞 : 胚性幹細胞。あらゆる細胞に分化できる能力(多能性)をもった細胞。ヒトやマウスでは、初期胚から将来胎児になる細胞集団の細胞を取り出し、培養することで得られるが、鳥類では利用可能なES細胞が樹立されていない。
[用語5] HH : Hamburger & Hamilton ステージの略。1951年に発表された、ニワトリの胚の発生段階を定義づけた発生ステージのこと。
[用語6] RNA-seq解析 : 次世代シーケンサーを用いて発現している転写産物を網羅的に解読し、取得した配列データを解析することで、遺伝子の発現量が解析できる手法のこと。
[用語7] 遺伝子オントロジー(GO(gene ontology))解析 : 得られた網羅的遺伝子発現データを生物学的プロセス、細胞の構成要素、分子機能の3つのカテゴリーに分け、遺伝子群ごとに解析する手法のこと。その遺伝子の機能や細胞内局在を推定できる場合がある。
論文情報
掲載誌 : |
Scientific Reports(自然科学全般の専門誌) |
論文タイトル : |
Expression profiling of sexually dimorphic genes in the Japanese quail, Coturnix japonica (ニホンウズラを用いた性決定に関わる遺伝子のプロファイリング) |
著者 : |
奥野未来1, †、宮本淳太郎2, †、伊藤武彦1、関真秀3、鈴木穣3、水島秀成4、黒岩麻里4 (1東京工業大学生命理工学院、2北海道大学大学院生命科学院、3東京大学大学院新領域創成科学研究科、4北海道大学大学院理学研究院、†共同第一著者) |
DOI : |
- プレスリリース 鳥類の性分化に働く遺伝子の共通パターンを発見 —ニホンウズラが性分化研究に有用であることを証明—
- サンゴの天敵・オニヒトデの体表を覆う未知の共在菌をインド・太平洋の広域から発見|東工大ニュース
- 鼻の中でタイプの異なる匂いセンサーができる仕組みを解明|東工大ニュース
- 両親由来のゲノム配列を個別に決定する新手法|東工大ニュース
- ほぼ全ての脊椎動物に共通するフェロモン受容体を発見|東工大ニュース
- 四肢形成時に細胞の生死の運命を決めるメカニズムを解明|東工大ニュース
- 研究者詳細情報(STAR Search) - 伊藤武彦 Takehiko Itoh
- 研究者詳細情報(STAR Search) - 奥野未来 Miki Okuno
- 生命理工学院 生命理工学系
- 北海道大学 大学院理学研究院
- 東京大学大学院新領域創成科学研究科
- 研究成果一覧
お問い合わせ先
北海道大学大学院理学研究院
教授 黒岩麻里
E-mail : asatok@sci.hokudai.ac.jp
Tel / Fax : 011-706-2752
東京工業大学 生命理工学院
教授 伊藤武彦
E-mail : takehiko@bio.titech.ac.jp
Tel : 03-5734-3430 / Fax : 03-5734-3630
東京大学大学院新領域創成科学研究科
教授 鈴木穣
E-mail : ysuzuki@edu.k.u-tokyo.ac.jp
Tel : 04-7136-7040 / Fax : 04-7136-4076
取材申し込み先
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北海道大学 総務企画部 広報課
E-mail : kouhou@jimu.hokudai.ac.jp
Tel : 011-706-2610 / Fax : 011-706-2092
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